テラーノベル
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夢見が先鹿鳴館1947年、GHQにより建設されたアメリカ軍の福利厚生施設。
箱根山の中腹、宮ノ下駅から分岐した箱根登山鉄道夢見が先線、鹿鳴館駅下車。唐破風をのせた豪華な玄関は、訪れる者を圧倒する。
軒下には堕天使、鳳凰、孔雀の彫刻がほどこされ、ガラス戸の白壁の外側には朱塗りの欄干と、色鮮やかな風鈴が風に響く。
雨の日に、鹿鳴館行きの線路は出現するとされるが、雨が上がると消失し、客人も帰れなくなるということから、理想の死に場所と言い伝えられる。
都市伝説ファイルNo.72
私は雨の日を選んで、駅のホームに立っていた。
身支度もしっかりと整えて、自宅のテーブルには遺書も置いてきた。
都市伝説の秘境で、ホラー作家が自死したとなれば、世間は大騒ぎするだろうし、私の著書も重版されるに違いない。
それを見越して、報酬は交通事故遺族の会に全額寄付する旨も、遺書に認めた。
これが、私の生きた証だと言わんばかりに。
胡散臭い都市伝説に騙されたなら、この駅の近くの、大正時代に建てられたホテルで最期を迎えるつもりだ。
何故ならそこは、出版祝いにとママと過ごした場所で、どうせなら、思い出に潰されながら死んでやろうと、多量の睡眠薬を持参して、死に装束用の葵色の浴衣も準備した。
ところが、そんな心配は無用だった。
宮ノ下駅の少し離れに、真新しいホームがあって、案内板には、
「夢見が先鹿鳴館行き」
と、記されてあった。
雨は激しさを増し、ぼんやりと浮かぶそのホームは、私を怪しく冥土へと誘う。
うん、悪くない。
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