そして二ヶ月後の土曜日、奈緒は省吾の部屋にいた。
省吾の家のリビングの片隅には、いくつもの段ボール箱が積まれている。全て奈緒の荷物だ。
先週の日曜日に引越しを終えた奈緒は、一週間後の今日、引き続き荷解きをしていた。
荷物はそれほど多くないのに一週間経ってもまだ片付いてない理由は、すべて省吾のせいだ。
平日の夜の隙間時間に奈緒が荷物の片付けをしようとすると、必ずといっていいほど省吾が邪魔をする。
省吾は片付けをしている奈緒を、いつもベッドへ連れて行った。
今日こそなんとか片付けを終えてしまおうと奈緒が頑張っているのに、案の定省吾はいつものようにまとわりついてくる。
そこで奈緒は厳しく言った。
「ダーメ、今日中に終わらせたいんだから駄目よ」
しかしまるで奈緒の言葉など聞こえないといったように、省吾は奈緒を後ろから抱き締めうなじにキスをする。
そんな省吾に奈緒は身をよじりながら言った。
「本当に駄目! 駄目だったらー」
「ちょっとだけ……奈緒ちょっとだけこっち向いて」
仕方なく奈緒が肩越しに振り向くと、すかさず省吾が奈緒の唇を捉える。
そして室内にはクチュクチュとリップ音が響き始めた。
しかしこのままだといつものようにベッドへなだれ込む事になりかねないので、奈緒は省吾の気を逸らそうとこう言った。
「今日の夜は外で食べるんでしょう?」
「うん、そうだよ。奈緒は何が食べたい?」
「えーっと……イタリアンはこの前行ったから、うーん、和食かな?」
「お? 和食、いいねぇ。じゃあ新しい店でもチェックしてみるかなぁ?」
奈緒の作戦は功を奏し、省吾はソファーへ移動すると携帯をいじり始めた。
最近奈緒は省吾の扱いがかなり上手くなっていた。
奈緒をベッドへ連れて行く時以外、省吾はほぼ奈緒の言いなりなので基本扱いは簡単だ。
だからすっかり省吾を手懐けていた。
それは省吾の私生活に関しても同じだった。
朝は奈緒が作ったバランスの良い朝食、昼も奈緒の手作り弁当、そして夜も奈緒の家庭的な手料理。
出張や残業がある時以外、省吾は毎日早く家に帰るようになった。そこには、以前のように会社に寝泊まりしていた省吾の姿はもうない。
奈緒と一緒に暮らすようになった省吾は、今ではすっかり顔色も良くなり健康そうだ。
もちろん省吾がちゃんと奈緒の言う事を聞いた時は、奈緒もご褒美を欠かさなかった。
奈緒がベッドの上で見せるご褒美を楽しみに、省吾はせっせと自ら奈緒の言いつけを守っている。
世間ではやり手の敏腕経営者として知られている省吾も、家庭では身も心もすっかり奈緒に骨抜きにされていた。
一方、奈緒にも良い変化が表れていた。
奈緒は省吾から注がれる惜しみない愛により、日に日に美しくなっていた。
今では省吾の深い愛により、失っていた女性としての自信をすっかり取り戻している。
良い店を見つけたのか、省吾はご機嫌な様子で携帯をリビングテーブルの上に置いた。
そしてポツリと言う。
「奈緒が引越して来てから、なんかこの家の居心地がぐんと良くなったのは何でだろうな?」
「え? まだ全然片付いていないのに?」
「うん、不思議だよなぁ。もしかしたら奈緒の私物のせいか? 奈緒が飾った小物を見るとなんか落ち着くんだよなぁ」
「フフッ、変なの。でも、私の雑貨を飾らせてくれてありがとう」
「どういたしまして。そうそう、これなんかもいいよね……」
省吾はソファから立ち上がると、リビングボードの上に置いてあった猫の置物を手に取りマジマジと見つめる。
「そういえば、私、行ってみたい雑貨屋さんがあるの」
「それはどこにあるの?」
「自由ヶ丘よ」
「じゃあ明日行ってみるか?」
「え? 一緒に行ってくれるの?」
「もちろん。ついでに自由ヶ丘でブランチかランチでもしようか?」
「嬉しい! ありがとう省吾!」
奈緒は省吾の事を『深山さん』ではなく『省吾』と呼ぶようになっていた。
「その代わり俺のリクエストも聞いてもらわないとなぁ」
「えっ? なあに?」
「ほら、ココだよ奈緒……」
省吾はそう言って自分の腿を指差す。
「またぁ?」
「そう、まただ」
奈緒はこの要求を数えきれないほど受け入れてきたので、もう既に慣れっこになっていた。
だから素直に省吾の傍まで行き膝の上にちょこんと座る。
「いいねぇ……奈緒は素直でいい子だ」
省吾は満足そうな表情でうんと頷くと、優しい瞳で奈緒を見つめる。
そして目の前にあるふっくらとしたピンク色の唇を奪った。
そこから二人の甘い時間が始まる。
奈緒は以前よりもかなり大胆になっていた。
愛されているという自信は、奈緒を積極的にさせていた。
省吾の首に両腕を絡めた奈緒は、今度は自分から積極的にキスを始める。
チュッ チュッ クチュッ
部屋に響くリップ音は、これから始まる二人の愛の行為のオードブルだ。
省吾が奈緒のカットソーを一気に脱がせると、今度は奈緒が省吾のシャツのボタンを一つずつ外していく。
上半身裸になった二人は、ギュッと抱き合いながら互いの肌を押し付け合う。
省吾の厚い胸板に奈緒の硬くなった蕾が触れた瞬間、奈緒が小さく喘いだ。
その艶のある声に興奮した省吾は、奈緒をソファーへ押し倒した。
そして省吾の両手が奈緒の柔らかな膨らみを捉えようとした瞬間、携帯の音が鳴った。
ブーッ ブーッ ブーッ
リビングテーブルの上で省吾の携帯が震えている。
そこで二人は動きを止めた。
「仕事の電話かも」
「うん、ちょっとごめんね」
省吾はすぐに電話に出た。
すると電話の向こうから、省吾の姉・美樹の大きな声が聞こえてきた。
「ちょっとぉ~省吾~、いい加減結婚指輪のデザイン決めてよー。そろそろ発注しないと間に合わなくなるわよ~」
その声に二人は顔を見合わせる。
「ごめんごめん、まだちょっと悩んでるんだよ。明日までには決めるからさ」
「もしかして奈緒ちゃんと意見が割れてるの? だったらあんたが折れなさいよっ! 奈緒ちゃんを優先にしなさいっ!」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
省吾は言葉を濁す。
実は結婚指輪のデザインがなかなか決まらないのは、指輪の相談を始めた時に限って、今のように二人の熱い抱擁が始まってしまうからだったのだ。
「とにかく今夜中に決めるからさ、明日の朝連絡するよ」
「わかったわ。もし実物が見たいならいつでもこっちに来なさいよ。見本は店にあるんだから。それに私もそろそろ奈緒ちゃんに会いたいしー♡」
「会いたいって……奈緒とは先週会ったばかりだろう?」
「だって可愛い妹にはいくらでも会いたいじゃんっ。なんだったら明日二人でうちに来る?」
「行かねーし。明日は奈緒とデートだからダーメ―!」
「ふんっ、奈緒ちゃんを独り占めしちゃってズルいんだから。まぁいいわ、じゃ、明日絶対連絡ちょうだいよ」
「ああ、わかったよ。じゃあな」
そこで電話は終わった。
二人のやり取りが可笑しくて、奈緒はクスクスと笑っている。
「……ったく姉貴のやつ、俺が奈緒と一緒に住むようになってから、やたら電話かけてくるよなぁ」
「前はもっと少なかったの?」
「うん、一年に1~2回じゃなかったかなぁ?」
「それは少な過ぎ!」
奈緒はまたクスクスと笑う。
すると省吾はセクシーな視線で奈緒を捉えると、甘えるような声で言った。
「奈緒、さっきの続き……」
そこでまた二人のリップ音が響き始めた。
あの日銀色の雪が舞い落ちる浜辺で、
二人は運命の出逢いをした……
その後二人は恋に堕ちた。
暗く冷たいまるで氷のようなトンネルを歩いていると、目の前に一筋の光が差した。
その光はやがて眩しいほどの光となり、暗く冷え切った世界をあたためてくれた。
奈緒は勇気を出してその光の中に身を投じてみた。
すると、そこにはとびっきり甘くて幸せな日々が待ち受けていたのだ。
やっと掴んだ幸せは、もう二度と離さない。
やっとめぐり逢えた運命の人とは、一生手を繋いで歩いて行く。
いつまでも
永遠に……
<了>
『銀色の雪が舞い落ちる浜辺で』は、ここで一旦完結となります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございましたm(__)m✨
このあと、明日からスピンオフの短編物語『恵子さんと井上くん』がスタートします。
ご興味があるようでしたら是非お立ち寄り下さい♪ 瑠璃マリコ
コメント
67件
楽しみ〜マリコさん、ありがとう!
瑠璃マリ先生、 完結お疲れ様でした💐🎉✨ 改稿した新しいバージョンも素敵ですね~💕 奈緒ちゃんがちょっと逞して しっかり者になっていて💪 省吾さんはブレない甘々振りで....🤭💖 スピンオフも楽しみにしております😆🎵
瑠璃マリ先生完結お疲れ様でした🤗❤️ 又、この作品を読めて嬉しかったです😆✨ 省吾を骨抜きにしてすっかり手の平で転がしてる奈緒ちゃんやるな~🤭 二人がお互いにラブラブ🩷キュンキュン❤️でとってもス・テ・キ😍 恵子さんと井上さん・さおりさんと原田さんのその後もとっても楽しみ🤩