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ビターとハチミツ

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ビターとハチミツ

1 - 1 俺と来るか?

♥

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2023年02月23日

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その日、雨は突然降り出した。

ここへ来るときには雲ひとつ無い空が、今となってはどんよりと淀んで、冷たい11月の風がより一層強く吹いた。

この館の主人はアンティーク家具を集めるのが趣味で、古くからアンティーク家具の輸入販売会社を経営するうちとは、かなり長い付き合いになる。

今日もいつものように契約を交わし、車へ戻ろうと傘を差す。

小降りかと思っていたが、傘を通して伝わる雨音は激しく、屋敷の広い中庭に植えられた色彩豊かな花に落ちる雨粒は跳ねては飛んで、まるで踊っているかの様で――。

その様は、館の主人を思い出させた。

「我が子のように育てた孫が、嫁にいってくれるんだ」

嬉しそうに話すその言葉に違和感を覚えつつも

「おめでとうございます」

そう答えた時の気持ち悪さを、まだ引きずりながら、何度も通い慣れた屋敷の大きな門へと向かうと、そこに佇む人影を見た。

刺すような冷たい空気の中、着ているワンピースは肌に張り付くほど濡れ、腰まである黒髪の先から水滴が止めどなく流れ落ちる。

それを気にする様子もなくただ 俯(うつむ)く少女。それが誰なのか?すぐに分かった。

立花(たちばな)みや。

この屋敷の主の孫娘がそこに立っていた。

俯(うつむ)き、降りかかる雨を 凌(しの)ごうともしないその姿に

この雨は少女の為に降ったのだ。

……そう思った。

今思えば、あの時の俺はどうかしていたのかもしれない。

気が付けば身体は少女へと引き寄せられ、言葉が口を 衝(つ)いて出た。

「俺と来るか?」

持っていた傘で雨を受け止め訊くと、少女は 俯(うつむ)いたまま首を横に振った。

「そうか……」

少女が吐く白い息は冷たい空気に飲み込まれ消える。

少女は受け入れたのだろう、自分が進むべき道を。

感情に蓋をして運命に身を任せ生きることを決めたのだ。

「……寒いな」

俺が雨を受け止めたぐらいじゃ、冷え切った身体をどうにかするなんて出来ないだろう。

他に少女に何をしてあげられるのか?と考えた所でなにも浮かばなかったが、

俺と違ってきっとこの雨は少女の体温を奪うだけのものではなく、途方に暮れてどうしようもならない現実を前に、泣けない涙の代わりになる。

今は寒くても、気休めにしかならなくても……。

「……大丈夫だ。雨はいつか止む」

どうか、笑っていて欲しい。

あの人のように……。

そう願いながら伸ばした手が少女の頭に触れたときその目から涙が流れた……気がした。

「あなたと……いきたいっ」

唇を噛んで絞り出したように響いた声が、 木霊(こだま)した。


なぜそうしたのか?

誰もが納得出来るような理由も無いまま、少女の手を取り向かったのは笑い声が漏れる扉の前。

ただ黙って静かについてきた少女は何を考えているのか……

いや、何も考えないようにしているのか一点を見つめて小刻みに震えている。

「ここで待ってろ」

重厚な扉を開け中に入る直前、少女は顔を上げ、俺を見ていた。

「失礼します」

祝杯でもあげていたのだろうか。

豪華な食事を前に少女の祖父母はワインを片手に乾杯をしている最中だった。

いい気なものだな。

娘の様に育てたと言っていた孫がついさっきまで冷たい雨に打たれていたというのに……。

「ん?どうした宏忠(ひろただ)君。書類に不備でもあったかね?」

「お食事中にすみません。先程の取引は問題なく完了しました。ただ1つお願いがありまして」

食事を口に運ぶ手を止め、不思議そうに顔を向けた。

「君からお願い?どういう事だ?」

「みやを……立花みやを私の嫁に迎えたいと思い、お願いに上がりました」

俺の言葉は広い部屋に、反響した。

祖母は訳が分からないと言った表情で口をパクパクさせ、祖父は額に大粒の脂汗を浮かべ、慌てて答える。

「ちょっと待ってくれ!先程、君に伝えたようにあの子は桜庭(さくらば)家との結婚がすでに決まっているんだ」

「では、先方には私から話を付けておきます。立花家としてもその方が安泰なのでは?」

祖父の眉がピクリと動く。

分かりやすい人だ。

欲が己を支配し、計算高く、人間らしい。

甘い蜜を吸う為には道具をどのように使うべきか?

そんな事を考えているのだろう。

少しの沈黙の後、祖父はニコリとほほ笑んだ。

「うん、そうだな。よく考えてみれば、見知らぬ男の元へ嫁にやるより、幼い頃から知っている君が、貰ってくれるなら私達も安心だ!よろしく頼むよ」

「では明日、お嬢様をお迎えに上がります」

「そのーなんだ……、くれぐれも桜庭家には――」

「はい。私にお任せ下さい」

頭を下げ、閉めた扉の前に少女がいた。

「やっぱり私、結婚するの?」

水に濡れた少女が場違いな程、明るい声で言う。

「したいのか?」

「……」

押し黙った少女はスカートの裾を握りしめ、唇を噛んだ。

そうか、そうやって今まで耐えて来たんだな。でももう、そんな事はしなくていい。

「明日からお前は自分の為の人生を生きろ。その為に俺と来るんだろ?」

身体から伝って落ちた雨粒が絨毯を濡らしていた。


「おい、もう朝だ。起きろ」

「やだ、まだ眠い……」

「分かった」

「…………」

「…………」

「……そこ、も少し頑張ろう?」

みやと俺の同居生活が始まった

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