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竜の威厳もクソもない変な竜と暮らすようになって数週間ほど経った。出会った頃と比べ私は明らかに体調も良くなっており、変な話だが元気が湧き出るほどまで体調は回復していた。だが、竜いわく私はまだ食いどきでは無いらしい。竜が私のことを理解出来ぬと面白がるように、私もこの竜のことを理解できない。まぁ、最初から理解しようとは思っていないが。
ここ数週間での大きな変化は私の体調の善し悪しの他に、竜に名が与えられたこと。私が竜に対して、アンタとか言うのが変に悲しかったらしいのでそれっぽい名前を考えて与えてやった。深紅の鱗に身を包み、翡翠の瞳を持ってるところから『リョクカ』というそのまんまの名を付けてやった。その礼という事でアイツも私に名を与えてきた。元々私には亡き母からもらった『ハナ』と言う名があるのにアイツはお構い無しに『ナミハ』なんて名をくれた。名付け理由は私の額の痣がまるで波を打つように見えたからだとか…。もしそうだとしたらナミとハは同じ意味を持ってると思うから余程あいつの目には波に見えてるってことの表れでいいんだろうか……。
ちなみにこれの他にも変化はあった。私が剣術を覚えようとしているということ。まぁ、私が望んだものでは無いがアイツが言うには「万が一何者かに襲われた時自衛してもらわないと我が食えない」だと…。乗り気ではないが渋々それを受けて黙々と素振りをしたりしているが、まさかの形で役に立っている。飯の確保にこの剣術が役に立ち、近寄られた時の自衛として本当に役立っている。アイツの手の内の中で転がされてる気分で正直癪だ。なので、こっそり独学で弓術覚えようとしてる。もちろん独学なので試行錯誤を繰り返してばかりの日々。でも、弓さえ使えればもっと狩りが楽になると思うので、苦痛ではあるが我慢して練習している。
今日も自分の飯を確保し剣術と弓術を得るためあいつの目の届かぬところで反復練習をしようとしていた時、近くの茂みからなにかの気配を感じ咄嗟に弓を構え矢を引き絞り警戒する。矢を向けられたことに驚いたのか『それ』は情けない声を上げその場にしゃがみこむ。
「今の声は人か?この辺にいる人だと……村のヤツらだな?名を名乗れ!」
「ご、ごめんなさい!!ハナ姉ちゃんごめんなさい!!」
「私の名を知っているだと?まさかお前『ユウヤ』か?」
「そ、そうだよ!ユウヤだよ!だ、だけど弓を向けられることしたから…ごめんなさい!!」
「はぁ…私が悪かったから、立ち上がって姿を見せて」
その問いかけにユウヤはゆっくりと立ち上がり茂みの中から姿を現した。まだ幼いが、それでも整っていると言われるような顔立ち。ツギハギだらけの服に至る所に土汚れが見える。また、彼の右手に握られている籠の中には恐らく衣類が数着畳まれているのが予想された。
「ユウヤもしかしてあなた……」
「うっ……そ、そうだよ。僕ハナ姉ちゃんがいなくなったこと気づいて探してたんだよ…」
「あんた自分の言ってることとやってる事の重大さを知っててやってるの?」
「………」
「あの村は私を忌み嫌ってるの。つまり、私に関わるとろくな事になんないのよ?最悪のケースとしてアンタも私と同じ目にあう可能性が高いのよ?」
「で、でも……。」
「でも何?自分の身を犠牲にしてまで私に会おうとする理由があるの?」
間髪入れずユウヤに切り返し事の大事さを伝える。勢いに押され少し間が空いた後、ユウヤは弱々しい声で言葉を紡ぐ。
「ハナ姉ちゃんは……ハナ姉ちゃんはなんにも悪くないのに、大人の人がハナ姉ちゃんを悪人にするのおかしいよ……。」
「…………」
ユウヤの話すことはもっともだ。だって私はただこの世に生まれ落ちただけ。存在してるだけ…それが罪だと村の人は言うのだ。誰が見てもこれは理不尽で人の見せる弱さそのものだが、その理不尽という事実に対して反抗すれば、数による圧制で私やユウヤの主張はもみ消されるだろう。
人とは悲しいことに群れてないと生きれない生き物で、数の多い方に付く習性がある。理由は単純で『数が多い』はイコールで正義と思うところにあるから。なにより、自分が少数になった時どんな目に遭うかを予想できるから自分の意見を主張せず長いものに巻かれて生きていく。世界とは理不尽で出来上がっているのだ。私のような子供は発言する権利も対抗する力も何も持ちえないから、大人の言いなりになるしかない。それが生きるということだから。ユウヤにはこの話をしてもきっと納得はしないだろう。けど、話さないと納得しないのなら私にはこれを話す義務がある……。
「酷な話だけどユウヤ……。」
「うん…。」
「これが現実で、私に非がなくてもそれを受け入れて生活しないといけないの。あなたも同じで今私の置かれてる状況に納得しないといけないの。」
「納得しろって言われても……」
「何度も言うけどこれが現実で、今の私たちでは抗うことの出来ない『絶対的なルール』なの。諦めてちょうだい。」
「…………だ。」
「?」
「嫌だ!僕はそんなの知らない!!こじつけみたいな理由でハナ姉ちゃんが苦しい思いするのはやっぱり間違ってるし納得なんて出来ない!」
涙を浮かべながらしかし、怒りに満ちたそのユウヤに向けてハナは強くその頬を手のひらで叩く。
「……っ!!?」
「馬鹿な事を言わないで!アンタはアンタ自身のことを考えとけばいいの。私は自らその道を踏み外しただけ、それにアンタが着いてくる必要は無い!」
「は、ハナ姉……」
「もうそんなふうに呼ばれる筋合いもないの。だからアンタは早く村に戻りなさい。そして私という存在を忘れて生きなさい。」
「うっ………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
村にいた時は自分が辛いのにいつも優しい言葉をかけてくれた彼女だったが、今初めてユウヤに対して大声で怒鳴り、その優しかった手で頬を強く打たれて、怒号を放ち事実上の絶縁を告げられた。その事実に堪えていたもの全てが崩れ去り、ユウヤは大声で泣き手に持っていた籠をハナになげつけ森の中にと消えていった。
「……これでいい。ユウヤまで私と同じ轍をふむ必要は無い。苦しむのは私ひとりでいい………。」
「……なかなかに酷い言葉を紡ぎ、挙句に手を挙げるとはなぁ」
ハナが立つ後ろの木々の合間から低い声が聞こえ、振り向くとリョクカが顔を覗かせていた。
「盗み聞きなんて趣味が悪いのね…。」
「アレだけでかい声で話せば嫌でも聞こえるわ。」
「ま、なんにせよ村のやつとのいざこざはこれで区切りつけれたわよ。」
「ほぉ?それは真か?」
「嘘言ってなんになるのよ。」
「では何故お主は泣いている?何故、涙が頬を伝っているのだ?」
「………」
「どれだけ腹をくくっていたとしてもお主はまだ子供じゃな!」
「うるさい………」
「本音を吐き出せてないお主を食うのは我としても遠慮したい。なんせ旨みが落ちるからな!」
「……じゃあなに?仲直りしろって?あそこまで突き放してその縁が切れてないとでも言うの!?」
「うむ。当たり前じゃ」
「根拠の無いその返事は……」
「根拠はその地面に転がる衣類じゃよ。」
投げつけられた籠から溢れたのはツギハギのない綺麗に洗濯された衣類が数着。それだけでなく、僅かながらではあるが村付近で取れる果実がチラホラ見えた。
「ナミハが村でどんな生活を送っていたのかは我は知らないが、少なくともあの子とは良好な関係だったのだろう?それも、村の目を盗み衣類と少しの果実を盗み渡すほどにな。」
「………」
「お主はその歳で無理をしすぎじゃな!過酷な生活を送ってきたとはいえまだまだお主は子供じゃ!泣きたいならいっぱい泣くといい!感情をあらわにした方が幾分も生きやすいぞ?」
その言葉がきっかけでハナも堪えていたもの全てが解き放たれ、ただ思いのままに泣き叫んだ。ここまで感情をあらわにして泣きじゃくったのは恐らく生まれた時以来だろう。
その日はリョクカの懐でただただ泣いた。