テラーノベル
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車が見えなくなっても。
俺と海斗は動けなかった。
風が吹く。
それだけだった。
なのに妙に寒い。
六月なのに。
「……帰ろうぜ」
海斗が言った。
俺も同意だった。
もう三十万円とかどうでもいい。
いや、嘘だ。
どうでもよくはない。
でも。
それ以上に嫌な予感がしていた。
俺たちは住宅街を離れた。
駅へ向かう。
途中まで無言だった。
海斗が口を開く。
「俺、辞めるわ」
俺は少し安心した。
同じことを考えていたから。
「俺も」
言葉にすると少し楽になった。
そうだ。
辞めればいい。
最初からそうすればよかった。
十万円は返そう。
怒られるかもしれない。
でもそれで終わるなら安い。
駅が見えてきた。
その時だった。
ピロン。
スマホが鳴る。
俺は嫌な予感がした。
画面を見る。
例のアカウント。
新着メッセージ。
開く。
一行だけだった。
【報酬の受取確認済み】
「は?」
続けてメッセージ。
【途中離脱は規約違反です】
規約?
そんなもの見た覚えはない。
さらに通知。
【違約金100万円】
思わず立ち止まった。
海斗もスマホを見ていた。
顔色が変わっている。
たぶん同じ内容だ。
「ふざけんなよ」
海斗が吐き捨てた。
「払えるわけねぇだろ」
その通りだった。
百万円なんて持っていない。
持っていたらこんな場所にいない。
俺は無視しようとした。
こんなの脅しだ。
そう思った。
思いたかった。
次の瞬間。
スマホに写真が送られてきた。
俺は固まる。
病院。
白い建物。
見覚えがある。
母さんが入院している病院だった。
心臓が嫌な音を立てる。
次の写真。
病院の入口。
その次。
病室の扉。
その次。
母さん。
ベッドで眠っている母さん。
「……」
息ができなかった。
手が震える。
画面を落としそうになる。
メッセージが届く。
【お母様の体調が回復しているようで安心しました】
頭が真っ白になった。
組織は知っている。
俺の名前を。
住所を。
母さんの病院を。
全部。
全部。
「警察……」
海斗が呟いた。
その言葉に少し希望を感じた。
そうだ。
警察に行けばいい。
助けてもらえばいい。
普通はそうする。
だけど。
その直後。
海斗のスマホが鳴った。
海斗が画面を見る。
顔色が変わる。
さっきの俺と同じだった。
「どうした?」
聞く。
海斗はしばらく黙っていた。
そして。
笑った。
乾いた笑いだった。
全然笑えていない。
「俺の妹だ」
小さな声。
「塾から帰るところの写真が送られてきた」
俺は何も言えなかった。
言葉が出なかった。
駅前の雑踏が聞こえる。
人がいる。
たくさんいる。
なのに。
世界に俺たち二人しかいないみたいだった。
逃げ場がない。
そう思った。
その時。
新しい通知。
【次回案件は明日】
【欠席不可】
俺はスマホを握りしめた。
力が入る。
画面が割れそうなくらい。
でも。
何もできなかった。
本当に何も。
(第十話へ続く)
#大人の恋愛
柏木さくら
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コメント
1件
うわ、これ……読んでて息苦しかったわ。辞めるって決めた直後にあの報酬確認と違約金、さらに母親と妹の写真——組織の執着がエグすぎて鳥肌立った。「辞めます」ってタイトルがもう皮肉にしか見えなくなってくるよね。逃げ場のない絶望感、六月なのに寒いって感覚がすごく伝わってきた。続きが気になりすぎる……!