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第5話 それだ!!!!
再発防止協議では、さまざまな案が検討された。
日陰への移動、時刻の変更、黒装束の軽量化。すでに出た案は、どれも伝承の根幹に触れるため見送られている。
「では、任務の時期そのものを涼しい季節へずらすと、どうなります」
安全確認担当者に問われ、灯台調整員は卓上の記録へ指を置いた。淡い光が幾筋にも枝分かれし、その瞳が人界の先を追う。
「本来の日には『怨霊が現れなくなった』という記録が残り、移した日には『季節外れに怨霊が現れた』という記録が生じます。二つの伝承へ分岐する可能性があります」
「増えるのか」
「増えます」
仙人は即座に首を振った。
「一人二役は嫌だぞ」
「そういう問題ではありません」
「なら、古井戸の近くに木が増えるよう調整できないか。木陰があれば――」
担当官の案に、調整員の指が別の光をたどる。
「植樹へ至る分岐はあります。ただし、最も安定する先では根が井戸壁を崩し、危険な井戸として埋められます」
全員の視線が止まった。
「古井戸がなくなる?」
「はい。怨霊の立つ場所もなくなりますので、推奨しません」
「では、水神候補を同行させて、毎年この日に雨を降らせるのはどうでしょう」
景陽が提案すると、灯台調整員はさらに先を読んだ。
「同じ日に雨が続けば、やがて雨乞いの祭祀が生じます。水神候補への信仰が定着し、怨霊伝承を上回る可能性があります」
「その前に、俺に毎年ずぶ濡れで『恨めしや』をやれということか」
「涼しくはなるだろ」
「そういう問題じゃねえ」
灯台調整員は、出された案の先で、人界人が何を語り、何を祈り、何を忘れるかを読む。都合のよい世界線を選ぶのではない。新たな伝承が何を押し退け、どこへ定着するかを見極めるのが仕事だった。
だが、どの分岐にも別の歪みが生じる。
「だから! どうやって涼しくしろっていうんですか!」
担当官がついに頭を抱えた。
灯台調整員だけが答えず、枝分かれした光を遡っていた。却下した未来から現在へ。現在から、正式な任務条件に採られなかった古い目撃記録へ。
やがて、その指が止まる。
「……この記述」
『怨霊の姿を見た瞬間、背筋がぞっとした』
仙人が胸を張った。
「そりゃ、俺を見たからだろ」
「そこはちゃんと怖かったんだな」
「百年以上やってるからな」
「自慢はあとにしてください」
調整員は記録を横へ並べた。同じ表現が、異なる年代の目撃談に繰り返されている。
「これまでは、恐怖による感覚表現として処理されていました。しかし――」
さらに古い一枚を引き出す。
『怨霊の姿を見るや、辺りは俄かに冷え、真夏というのに肌を刺すような寒気を覚えた』
誰も口を挟まなかった。
もう一枚。
『怨霊が現れると、井戸端に冷気が満ちた』
「……辺りが冷えた?」
「……冷気が満ちた……?」
仙人が弾かれたように顔を上げる。担当官も同時だった。
ぶつかった視線の奥で、驚きが同じ確信へ変わった。
「それだ!!!!」
二人同時に立ち上がった。
安全確認担当者が、古い記録を受け取った。
「冷却香や冷気術を、伝承再現の一部として組み込めます」
「任務者を高温から守りながら、人界側の目撃内容とも一致する」
景陽が頷く。
灯台調整員も二つの記録を確認した。
「問題ありません」
全員が灯台調整員を見る。
「むしろ、これまで冷気を伴っていなかった方が、伝承再現として不完全です」
担当官の顔が引きつった。
「つまり、安全対策を追加した方が伝承へ近づく?」
「はい」
「照会は」
「出しません」
「よし!」
担当官が拳を握った。
仙人が勢いよく身を乗り出した。
「冷却香も冷気術も、使えるものは全部入れろ」
「適正な出力はこれから確認します」
景陽が止めた。
「寒いくらいでいいぞ。怨霊だからな」
「あなたが低体温症になったら、何も解決していません」
「怨霊任務で低体温症……」
「次の題名みたいに言うな」
担当官が仙人の肩を掴んで座らせた。
仙人は、改めて古い記録を見下ろす。
「去年まで、なんで誰も気づかなかったんだよ!」
「怨霊本人を冷却するための記述だと思わないでしょう、普通!」
コメント
1件
うわあ、この話、めちゃくちゃ面白かったです……! 何より「冷却香や冷気術」にたどり着くまでの試行錯誤が大好きでした。「怨霊本人を冷却するための記述だと思わないでしょう、普通!」には思わず笑っちゃいました(笑)。伝承の根幹に触れず、しかも再現度を上げる解決策になるって、なんて皮肉で完璧な着地なんでしょう。仙人と担当官が同時に「それだ!!!!」って立ち上がる場面、読んでるこっちも興奮しました🔥