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「うん、だいぶはっきり大きい声でしゃべれるようになってきた」
「ほんとですか?」
「ばっちりばっちり、それに笑顔もばつぐんに可愛いよ」
店員さんから頼まれて考えた紹介のセリフもすっかり覚えて、準備万端。
びっちり練習してもらうこと、一時間。
やっと暁さんからオーケーが出た。
ただし、暁さんとふたりきりの今は、だけど…。
「本番もこの調子でできるといいんですけれど…」
「大丈夫だよ。テレビに出るって言ったって、生放送じゃなくて収録なんだから。失敗したって、何度でもやりなおせる。それに、今日来る人たちは、みんな気が良くてやさしいよ。取材する前に、うちの店のファンでもあるし」
そうなんだ…。それがせめてもの救いかな…。
でも、ああ、緊張するよ…。こんな責任のあることを、わたしがやるなんて…。
さっきの晴友くんのわたしを見つめる冷ややかな目が思い出して、暁さんとの練習で忘れていた重い気持ちがよみがえってくる。
「どうしたの、日菜ちゃん」
「晴友くんは…きっとわたしのことが嫌いなんですね…」
「え?」
「もし暁さんがいなかったら、なんにもできなくて途方にくれていました。…そんなこと、晴友くんだって想像できたはずなのに…。晴友くんは、どうしてもわたしをやめさせたいんですね。そうまでしたいほど、わたしのことが嫌いなんだな、って…」
「ふーん…」
暁さんはうなづくのか否定するかのかわからないような相槌をうつと、困ったような苦笑いを浮かべた。
「晴友は日菜ちゃんのこと嫌いじゃないよ」
「そんな…ありえないです。絶対にわたしのこと嫌ってるんです」
「いや、ぜーったいにそれはない」
断言に、わたしは言葉をつまらせた。
じゃあ、どうしてなの…。
教えてほしい…。好きな人にあんな態度とられるなんて、もうつらすぎるよ…。
すがるように見たけれど、暁さんは困ったように視線を宙に泳がせた。
「んー…きっとね、最近ちょっと思うようにいかないことがあってイライラしてるんだよ。たぶん恋愛関係で」
「え…恋愛?」
晴友くんが…?
「あいつ、ああ見えても本当に好きになった子には手を焼くタイプなんだよ。不器用ってやつ」
くす、と楽しそうに笑った暁さんだけど。
わたしの頭の中は、ショックと不安がごちゃ混ぜになっていた。
じゃあ…晴友くんには…他に好きな人がいるってこと…?
そんな…。
穴に落ちたような気になって、力が抜けるのを感じた。
なんだ…そうなのか…。そういうことなんだ…。
好きな人とうまくいってないから、イライラしてるんだ…。
その上わたしがトロいから、イライラが募って…。
みじめ、だな…。わたしの今までって、なんだったんだろう…。
これで、ほんとのほんとに失恋、かな…。
「…日菜ちゃん?どうしたの?」
「え?」
「もしかして日菜ちゃん君…」
「え…?え…?」
「…いや、なんでもない。なんでもないよ」
という暁さんの顔は、どうしてすこし楽しそうにけど困ったように苦笑いを浮かべていた。
「まったく、若いって可愛いもんだなぁ」なんて、自分だって十分若いのにおじさんみたいなこと言って…。どうしたんだろう、暁さん。
「日菜ちゃん。あんなやつだけどさ晴友のこと、嫌わないでやってな」
「……はい」
大丈夫です…。そんなすぐには、変われないもの…。
たとえ晴友くんに好きな人がいたとしても、すぐに消せる想いじゃないの。
…諦められないよ…。
たとえどんなに晴友くんがわたしを嫌っていても、わたしは、晴友くんのことが大好きだから…。
「あーもうそんな泣きそうな顔しないでくれる?」
「え?え…」
「まじ俺も魔が差しそう!若い子の邪魔はしたくないんだからね」
??
なんかよくわからない…。
※
Side晴友
日菜に命じてから1時間が経ち、取材スタッフたちがやってきた。
俺と暁さん、日菜と総出で迎えると、リーダーの足立さんは店に入ってくるなり笑顔を向けた。
「やぁ久しぶりだね」
「その節はお世話になりました。あいにく、今日は姉は不在なんですが、よろしくお願いします」
笑うと目じりのしわが下がっていかにも「いい人」そうに見えるけれど、この足立さんは実は毒舌で厳しく、嫌味たらしくもの言う癖がある。
姉貴も実はこの人のことを苦手としていてるから、取材を避けたのかもしれない。
まぁ今となってはどうでもいい話だけど。
俺もいつもの営業モードに入って、礼儀正しく頭を下げてスマイルを浮かべる。
「もうほとんど準備できてるんで、いつでも始めてください」
「さすが慣れているだけあって助かるよー。よーし、じゃあ早速打ち合わせだけれども、これ前送ったファックスの通り進めさせてもらって…」
「あ、すみません、今日は俺は出ません。代わりに、こいつが出ることになってるんで」
と、暁兄の隣で小さくなっているヤツを指さした。
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