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日菜はびくりと飛び上がって、不安げな表情を浮かべた。
ふん、この1時間暁兄についてもらって練習していたみたいだけれど、どこまでやれるんだか。
足立さんは日菜を見るなり「ほお!」とヘンな声を上げて近づいた。
「新人さんかい?可愛いねぇえ。ほんとここのお店はメニューだけじゃなくて店員さんも一級ぞろいだなぁ!
お名前は?」
「た、立花日菜です…」
「日菜ちゃん!うーん名前にぴったりだなぁ」
「まだ数週間前に入った新人なんですけれど、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いしますっ」
暁さんがフォローに入ってくれたのに背中を押されて、日菜はぺこりと頭を下げた。
「わ、あの子めちゃくちゃかわいくね?」
「うん、素人?芸能人とかじゃないの?」
と、後ろの方で、若いスタッフたちが囁き合ってるのが聞こえた。
ち、と俺は舌打ちしそうになるのを耐える。
たしかに日菜はそこいらの女より…可愛いからな。
しかもあの新しい制服が、なんなんだ…。
さっき暁兄の思惑にはまって見せつけられた時は、危うく見惚れてしまうところだった…。
膨らんだ袖が華奢な肩をさらに頼りなく見せて、コテ甘過ぎないスカートが揺れるたびに、なんだかオドオドした黒ねこみたいだ。
おまけに胸元の大きな白リボンが、首輪みたいで…
くそ。
さすがに、イヂめたくなっちまうっての…。
…いや。
もう、イジめてるよな…。
今まではイジめてなんかいない、って思っていたけれど、今日、自分が取った行動は、明らかにイジめだ。
あいつがテレビの取材なんかこなせないってわかっていたのに、強制した。
これでムカついてくさくさした気持ちが、解消できると思った。
思ったのに。
俺の心は、ますますもやついた。
そう。
後悔していた。
落ち着かない俺をよそに、足立さんたちはちゃくちゃくと機材を整えて準備を進めていく。
「じゃあーさっそく始めようか。」
※
こうして始まった収録だけれど…。
やっぱり予想していたことが起きた。
「はいカット!」
足立さんが疲れたように肩をすくめて言った。
場に流れる気まずい雰囲気。
これでカットされるのは4回目だ。
「すみません…!ごめんなさい…っ!」
日菜は胸元の大きなリボンに顔が隠れるくらいにうなだれて申し訳なさそうに縮こまった。
覚えたセリフをリポーターと交わしていけばいいだけのやり取りなのに、そのセリフをうまく言えずにミスを連発していた。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。緊張してるんだね、平気だよ!」
と励ます足立さんはにこやかだが、場の雰囲気はすこし暗くなっている。
やっぱあいつじゃだめか。
解かってた結果に、俺は心の中でにっと笑顔をつくった。無理矢理に。
こうなることなんて解かっていた。
あいつは、緊張すると頭が真っ白になってしまうタイプなんだろう。
元から引っ込み思案な性格だし、初めてのバイトっていうのもあってか、普段だって客を前にすると固まってしまってたからな。
そんなやつが、テレビの取材なんてこなせるわけがない。
けど押し付けてしまった。
あいつを困らせたかったから。
ただ、あいつがあたふたして困っている様子を見てたのしめればよかった。
けどその直後の泣きそうな顔を見て、一気に後悔に襲われた。
あんなに追い詰めるつもりなんて、なかったのに…。
けど、もう後の祭りだった。
「やっぱいい」なんてあいつに根負けしたみたいで言えなかった。
「もっとリラックスしてね。いつも通りにしてくれれば大丈夫だから」
足立さんにフォローされている日菜だけど、その顔は困り切って強張って、またあの泣きそうな顔だ。
もう、見てらんねぇな…。
はぁ、と胸につかえる苦しさを吐き出すようにため息をついて、俺は新しいケーキを取りにキッチンに逃げた。
「はーるともっ」
「っ痛!」
蹴りを食らって振り返ると、暁兄が気持ち悪い笑顔を浮かべていた。
「日菜ちゃん、助けてやんなくていいのかー?」
「…はぁ?」
暁兄はニヤニヤ笑っているが…目が笑っていない。
うっすらと背筋に寒気を覚えながらも、
「なんで?あのくらいやってもらわないと困るんだけど」
「とか言っといて、日菜ちゃんには至難の業っての解かってたくせに」
「……」
「あんましイヂワルすると、そのうち本当に嫌われちゃうよん?」
「はぁ?べ、べつに嫌われたって」
「あれ見てみなよ」
と、暁兄が顎で促したのは、さっきの若いスタッフだ。
「あーあの子ホントに緊張しきっちゃってるな」
「でもそんな姿も可愛いなぁ~」
「だよなぁ。足立さん、普通ならもうイラつき始めてるのに、あの子だからかやさしいぞ。珍しいこともあるもんだ」
「あの子マジで素人?だったら俺、メアド交換させてもらおうかなー」
「バッカ、おまえみたいなオッサンに教えるわけないだろ」
「ちっげぇよ、お客のフリして、だよっ。んであわよくば…」
「あははそれいいな。じゃ俺も…」
ち、仕事しろよな、バッカおっさんども。