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#ワンナイトラブ
嫉妬に揺れる心を無理やり「鉄面皮」の仮面で抑え込んでいた私に、平穏を切り裂く最悪の知らせが届いた。
「氷室さん、どういうことですか!? 来週公開の大型プロジェクト、プレスリリースの数値に致命的なミスがあると先方から猛抗議が来ています!」
部下の悲鳴のような報告に、私は目の前が真っ暗になった。
私が何度も確認し、完璧なはずだったデータ。
けれど、システムに残された最終稿を確認すると
確かに私が修正したはずの箇所が、悪意を感じるほど精緻に「書き換えられて」いた。
ざわつくフロア。突き刺さるような冷ややかな視線。
「シゴデキ女が、男にかまけてミスをした」
麗奈さんが現れてからというもの
根も葉もない噂が瞬く間に社内を駆け巡っているのを、私は嫌というほど知っていた。
「……申し訳ありません。全責任は私にあります。すぐに先方へ謝罪し、修正対応に入ります」
震える声で告げたその時、CEOルームの重厚なドアが開いた。
現れた京介の表情は
家で見せる甘い熱など微塵も感じさせない、一点の曇りもない氷のように冷徹なものだった。
「氷室くん。この件の責任は重い。今回のプロジェクトの担当から、君を外す」
「……っ」
全社員の前で下された、残酷なまでの宣告。
信じていた。
いえ、ビジネスなのだから当然の処置だと分かっている。
けれど、世界中の誰に否定されても、彼にだけは──
私のこれまでの仕事を、積み上げてきた誇りを否定されたくなかった。
◆◇◆◇
定時後
一晩中、誰にも頼らず
たった一人で事後処理の資料と修正案を作り続け、深夜のオフィスで肩を落としていたとき
静まり返ったフロアに、カツンと乾いた革靴の音が響いた。
「……いつまでここにいる。帰るぞ、志乃」
現れた京介に、私は顔を上げることさえできなかった。
「……なぜ、ここへ。私はもう、担当を外された人間です。社長の足を引っ張るような秘書は、今のあなたには必要ないのでは……」
「馬鹿を言うな」
彼は私の隣に無造作に座り込み、強引に私の顎を掬い上げて顔を覗き込んだ。
「あんな衆人環視の中で、お前を甘やかすように庇えるわけがないだろう。……だが、あの数値の書き換え、お前の仕業じゃないことは最初から分かっている」
「え……っ」
「既に裏でログを調べさせた。……麗奈の息がかかった人間が動いた形跡がある」
京介の大きな手が、冷え切った私の手を包み込む。
その体温が、凍りついていた私の心をじわりと溶かしていく。
「表向きはお前を罰することで、周囲の矛先を逸らした。…裏でこのミスを完全に挽回する策は、もう練ってある」
「で、ですが…!」
「お前は俺の秘書だ……この俺が、お前を無能扱いのまま終わらせると思うか?」
冷徹な処置は、私を敵の目から「守る」ための隠れ蓑だったのだ。
プロとしての誇りを傷つけられた私を、彼は彼なりの
残酷でいて誰よりも深いやり方で救おうとしてくれていた。
「……京介さま…っ」
「泣く暇があるなら、明日までにこの修正案を完璧に仕上げろ」
不敵に微笑む彼の瞳に、私は再び、抗うことのできない熱い希望を感じていた。
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