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「高田課長」
取引先との商談を終え帰ってきた俺に、部長の声がかかった。
「何でしょうか?」
「鈴木はどうしたんだ?」
「体調不良です。昨日から熱があったみたいですので」
「そうか、辛いならとっとと休めばいいのに、無理するから倒れるんだ」
「そうですねえ」
その通りだと頷いた。
ん?
部長が不思議そうに見ている。
「何か?」
「珍しいなあ。いつもはかばうのに」
まあ、普段は俺がかばう側で部長が叱る係り。そうやってバランスを保ってきているから。
「今回は、自業自得です」
いい年をして自分の限界もわからないとか、後先考えずに突っ走るとか、いい加減勘弁して欲しい。
「仏の高田も怒ることがあるんだなあ」
おかしそうに笑う部長。
「笑い事ではありません。鈴木の分の取引先周りまで回ってきて体がもう一つ欲しいくらいですから」
つい愚痴が出た。
「手伝おうか?」
「いえ、小熊と手分けしますから」
「そうか。でも鈴木の奴、昨日の残務は遅くまで残って済ませたんだろ?」
「ええ、倒れるくらい体調が悪かったはずなのに、誤字1つない完璧な仕事でした」
「フーン、さすがだな」
部長は誰よりも鈴木にうるさい。文句も言うし、小さなミスも見逃さない。
でも、それは期待の裏返しだと俺は思っている。
現に、彼女の仕事はミスが少ないし、期限に遅れることもない。
反面、女性とは思えない大胆さで相手の懐に入っても行く。
ここ数年にとってきた新規の契約だって俺を上回る。
鈴木の有能さを、部長が知らないはずはない
***
「ところで、社長秘書の香山がお前を呼んでいたぞ」
はあぁ。
「何かあるのか?」
「いえ」
鈴木が社長の娘で、昨日は俺の部屋に泊ったから呼ばれたんだなんて言えるわけがない。
「鈴木とは大学時代の知り合いらしいからな、変なゴタゴタに巻き込まれないでくれよ」
どうやら、部長は誤解をしているらしい。
「大丈夫です。きっと三和物産の件です」
「ああ、あれか」
ある程度大きな損失を出しておいて、何もなく終わるはずがないのに。
俺は事情説明すら求められず、報告書の提出で終わった。
上からの力が働いたのは誰の目にも明らかだ。
「鈴木が頼んで香山が止めたのか?」
「わかりません」
きっと専務辺りが止めたんだろうと俺は思っているが、部長には言えない。
「どちらにしても行ってきます」
逃げたってどうしようもない。
「あいつは若いけれどできる男だ。気をつけろよ」
「大丈夫です」
まずは相手の出方を見るしかない。
***
トントン。
「高田です」
「はい」
声がして秘書室の戸が開けられた。
「どうぞ、入ってください」
6畳ほどの広さがある社長秘書室。
奧には社長室に続く扉もある。
「座ってください」
「はい」
この人が社長の腹心と言われる男、香山徹。
31歳の若さで会社を陰から動かす男。
「社長は今大阪出張から帰ってきたところで常務とお話中です。
待っている間に、私と少し話しませんか?」
「はあ」
ここまで来て断れるはずもなく、俺はソファーに腰を下ろした。
「昨日、一華を泊めました?」
えっ?
突然のことに言葉が出なかった。
「昨日は一華と一緒にいたんですか?」
再度聞かれ、
「なぜ私に?」
質問には答えずに聞き返した。
「孝太郎から聞きました」
「専務から・・・」
「孝太郎とは幼なじみです。当然、一華のことは小さい頃から見てきました」
「はあ」
「高田さん」
言葉を止めて、ジッと俺の顔を見た香山さん。
「一華と一緒だったんですよね」
小さな嘘も見逃さない強い眼差しだ。
はぁー。
俺は1つ息を吐いた。
***
「そうです、会社で倒れていたのをマンションに連れて帰りました。連絡せずに申し訳ありませんでした」
と詫びた。
「2人はどんな関係ですか?」
香山さんの言いたいことはわかっている。
疑われても仕方ない状況でもある。
しかし、
「同じ部署の同僚です」
「それだけですか?」
「はい」
フフ。
ちょっとだけ香山さんが笑った。
「ただの同僚を部屋に泊めますか?」
「いけませんか?」
香山さんの態度にイライラして、つい反抗的な言葉になった。
「ただの同僚のために、三和物産の件を穏便に済ませて欲しいと一華が孝太郎に頼み込んだと?」
「それは・・・」
言葉に詰まった。
やっぱりそうだったのか。
「卑怯なやり方ですね」
「・・・」
そんなこと言われなくてもわかっている。
知っていれば、俺だって全力で止めた。
「孝太郎はまだ一週間ほどはアメリカ出張から帰って来ません。帰ってきてから話をするでしょうから僕からは何も言いません。社長もあなたと話をしたがっていたので、言い訳でも考えておいてください。僕からは、」
一旦言葉をとめ、香山さんは立ち上がった。
「仕事に私情を持ち込むな。とことん受け止める気がないのなら、一華に入り込む隙を与えるんじゃない」
叱りつけるような言葉が、頭の上から振ってきた。
多少理不尽ではあるが、言われることはもっともで、黙ってしまった。
「あなたが一華の素性を知ってしまった以上、ただの同僚に徹するのか、前に進むのか、選択は2つに1つです。よく考えてください。」
そんなの決まっている。俺の前に未来なんてあってはいけないんだから。
ちょうどその時、社長室からの内線がなり、香山さんは社長室へ入っていった。
***
「どうぞ、座ってくれ」
「はい」
初めて入った社長室。
目の前にいるのはうちの社長。
そして、この人は鈴木一華の父親でもある。
「一華が世話になったね」
「いえ、ご連絡もせずに申し訳ありません」
「いいんだ。悪いのは一華だから」
はあ。
なんとも居心地が悪い。
「家に帰ってから医者を呼んだらしいんだが、昨日はかなり酷い熱だったはずだと言っていた」
「そうですか。会社で倒れたのを見つけましたが、しばらく気を失っていた様子でしたし、夜もかなりうなされていましたので」
「そうか」
何か言いたそうな社長。
「君達はいい相棒みたいだな」
「はあ」
相棒か。
そうかもしれないな。
長い時間一緒にいて、人としての成長過程を見てきた。
今、誰よりも近い存在であることは間違いない。
社長は、香山さんや専務のような直接的な言い方をしてはこない。でも、気持ちは同じはずだ。『一華に近づくな』それが本心だと思う。
「実家には帰っているのか?」
「え?」
息が止りそうになった。
なぜ今そんな話が出てくるんだ?
それは、俺の触れられたくない部分。誰も知らないはずなのに。
「一華は知っているのか?」
「それはどういう」
意味でしょうかと聞きかけて、聞くのが怖かった。
「世間は案外狭いものだぞ。どこで誰がつながっているかなんてわかったものじゃない」
「はあ」
相づちを打つのが精一杯だ。
「実際、君も一華の事を知らなかったんだろう?」
「ええ」
「だから聞くんだよ。一華は君のことをどのくらい知っているのかね?」
「いや、それは・・・」
社長は何が言いたい?
何を知っている?
「高田くん、君の有能さは私も知っている。仕事のできるいい若者だと思ってもいる。でも、君と一華の人生がかさなることで幸せになれると思うかね?私にはそう思えない。もしまだ、走り出す前ならば考え直した方がいいだろう」
「・・・」
情けないくらい何も言えなかった。
俺は鈴木と付き合うつもりはない。
と言うか、誰とも付き合う気も結婚する気もない。
そう言いたくて言えなかった。
どうやら、社長は俺の素性を知っている。
そのことに動揺してしまった。
長い時間をかけてできあがったかさぶたをめくられそうな気がして、俺は口を開けなかった。
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