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「あんな夢を見て、シモフツくんは何かおかしいって思わなかったんですか?」

 すたすた前を歩く真帆に、僕は責められるようにそう言われた。

 僕らは今、職員室をあとにしてグラウンドに向かっているところだった。

 真帆はこちらに顔を向けることなく、例の魔力磁石を手の平に乗せ、その指し示す方向を確かめながら足早に進んでいる。

「いや、だって、どこからどう見ても真帆にしか見えなかったし……」

 僕は目の前の、左右に揺れる真帆の長くて綺麗な黒髪を眺めながら、

「これは魔術書だ、魔女文字で書かれているって、僕の知らない言葉をつらつら口にしてたから、てっきり真帆がまた何か魔法でも使ったんじゃないかって――」

「でも、それが私か私じゃないかくらい、判りますよね?」

 立ち止まり、くるりとこちらに振り替える真帆の顔は、以前みたいに不機嫌そうで。

「仮にも、私の彼氏なんですから」

 ムスッとした表情で口にする。

 僕はそんな真帆の顔を睨みつけながら、

「……あのね、昨日今日彼氏になったようなにわかなの。そんなぱっと見で判別できるほど、僕も真帆のこと――」

 とこちらも苦情を口にしたところで、真帆はつかつかと僕のすぐ目の前まで戻ってくると、これでもかというくらい顔を近づけ、

「――なら、この顔をよく覚えてください」

 鼻の先がくっつかんばかりの近さに、僕は思わず目をまん丸くして立ちすくんだ。

 バラのような甘い香りが鼻腔をくすぐり、その端正な顔立ちとぱっちりと見開かれた眼に吸い込まれそうになる。

 カールした長いまつげが美しく、その奥に見える瞳は濃い茶色のようで、その実じっと見つめればまるで虹色のような光を発していた。

 僕はそんな間近にある真帆の顔にドキドキしながら、

「しょ、精進します……」

 小さく、そう口にする。

 真帆はしばらく僕の眼をじっと睨んでいたが、やがて「ふんっ」と大きく鼻を鳴らすと、

「そうしてください」

 それから僕の左手をおもむろに引っ掴みながら、

「ほら、早く行きますよ!」

 そう言って、くるりと正面を向いて歩き出した。

「う、うん――」

 僕は真帆に引っ張られながら、そのあとをついていくことしかできなかった。

 グラウンドに出ると、体育系のクラブが練習に励んでいるところだった。

 女子ソフトボール部、男子サッカー部、陸上部――といくつかの部活動の間を縫うように、僕らはグラウンドのど真ん中へ向かう。

 土曜日とはいえ、私服の男女が突然練習中にグラウンドへ闖入してきたのだ。

 その驚きようたるや、一生懸命にボールを追いかけまわしていたサッカー部員がみんなして慌てて立ち止まるほどだった。

 困惑や怒りの眼差しを全身に浴びながら、とりあえず「すみません、すみません」とぺこぺこ僕は頭を下げる。

 けれど真帆はそんなこと気にする様子もなく、我が物顔で歩き続けた。

「――おい! お前ら! 何を勝手に入ってきてんだ!」

 全速力で僕らのところまで駆けてくるサッカー部顧問の田所先生。

 そのガタイの良さから、ただ立っているだけでも迫力がある。

「すぐにグラウンドから出ていけ!」

 大声で喚き散らす田所先生に、真帆はあのむすっとした表情で、

「――ちょっと黙っててもらえますか?」

 すっと右手を宙にかざして、例の魔法でお口にチャック。

「――むぐっ? んぐうう! んぐううううう!」

 自分の口を掻きむしるように慌てふためく田所先生を見て真帆は「ぷぷっ」と小さく噴き出し、

「さぁ、長居しても悪いですし、さっさと始めましょうか」

 言って、手元の魔力磁石に目を向けた。

 それからぶつぶつと何事か――たぶん、呪文か何かだ――を呟くように唱えると、途端に魔力磁石が仄かに光り、くるくると針が回りだした。

 それからピタリ、と体育館の方を向いて動きを止めた。

「あっちですね」

 と真帆は口にして、僕の腕を引っ張ったまま歩き出す。

「あ、ちょっと待って!」

 僕は慌てて真帆を引き留めた。

 真帆は頬を膨らませながら振り向き、

「もう! なんですか?」

「……あれ、忘れてない?」

 言って僕は、地面にぶっ倒れてもがき苦しむ田所先生を指さした。

 田所先生は涙目で鼻水を垂らしながら、顔を真っ赤にして今にも意識を失ってしまいそうな様相だ。

「あぁ」

 真帆は思い出したように口にして、田所先生の顔の前で再び右手をかざす。

「――ぶはっ!」

 途端に田所先生の口が開き、真帆はそんな先生に深々と頭を下げつつ、

「ご協力ありがとうございました」

「え? ええっ?」

 眼を白黒させながら口元をぺたぺた触る先生を残し、再び僕を引っ張って歩き出した。

 僕は困惑するサッカー部を振り返りながら、

「だ、大丈夫なの? あんなことして」

 と真帆に声を掛ける?

 けれど真帆はそんなこと気にする様子もなく、

「大丈夫ですよ」

 と僕に振り向き、にっと笑んだ。

「何かあったら、井口先生が隠ぺいしてくれるでしょう」

 その言葉に、僕はただ、呆れるばかりだった。

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