コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
3
真帆に引っ張られて向かった先は、体育館横の体育倉庫だった。
大きな横開きの扉は開け放たれており、砂ぼこりと若干の黴臭さが何とも言えない。
倉庫の片隅には、ラインマーカーとラインチョークの袋が置かれている。
例のペンタグラムを描いた犯人は、当然これを使ったのだろう。
でも、いったい何のために?
と考えていると、いつの間にか真帆の姿がなかった。
「え? あれ?」
辺りを見回せば、真帆はすでに第二校舎の方へ足を向けている。
「ちょ、ちょっと待って!」
僕は真帆の背中を慌てて追いかけた。
真帆は立ち止まるでもなく、魔力磁石に目を向けたまま、
「何してるんですか。ちゃんとついてきてください」
そんな真帆に、僕は訊ねる。
「それ、魔術書やペンタグラムを描いたやつの居場所がパッと解るわけじゃないの?」
「そんなに便利だったら良かったんですけどね」
と真帆は眉間にしわを寄せながらこちらに顔を向け、
「魔法だって万能じゃありません。この道具は、魔力のキセキを辿ってるんです」
「キセキ?」
「軌跡、です。そこに至るまで、或いはその場所からの魔力の流れを探っているんです」
「つまり、足跡を辿ってるってこと?」
「そうです」
答えて真帆は、再び前を向いた。
次に僕らが向かったのは、職員室だった。
ガラリと職員室の扉を開けると、井口先生が先ほどと同じような格好でノートパソコンと睨みあっていた。
先生は僕らに気づくと、
「――ん? なんだ? 何かわかったのか?」
と訊ねてくる。
「いえ、まだ何も」
とだけ真帆は答えて、他の先生に「何してんだこいつら」みたいな目で見られながらキーボックスの前まで歩いて踵を返す。
「え、戻るの?」
「犯人がここで体育倉庫の鍵を取っていった、ただそれだけですから」
あぁ、なるほどね。
僕は頷き、真帆のあとを追って職員室をあとにした。
廊下に出て、校舎の正面玄関から外に出る。
しばらく玄関前のソテツの植わった車回しの辺りをうろうろした後、正門から外へ出たところで、
「……残念。ここまでですね」
と真帆がポツリと口にした。
魔力磁石に目を向けると、針がくるくると回転している。
「どういうこと?」
訊ねると、
「たぶん、車に乗ったか空を飛んだか、或いは時間が経って軌跡が消えてしまったか――」
「それじゃぁ、もうわからないってこと?」
いえ、と真帆は首を横に振り、
「そうでもないです」
「というと?」
「犯人は確かな目的を持ってグラウンドに魔法陣を描いてます。ここまで来るまでの間に、不要な場所に立ち寄った感じはありませんでしたから。最初から魔法陣を描くためだけに、夜に学校を訪れたんだと思います」
「ふうん?」
よく解らん。とりあえず僕は首を傾げながら、
「で、これからどうするの?」
「次は生物室に行きます」
「生物室?」
はい、と真帆は頷き、
「盗まれた魔術書の軌跡を辿ります」
言うが早いか、再び校舎に戻っていく。
僕もその後ろをついて歩いた。
やがて辿り着いた三階の生物室。
けれど、
――ガチャガチャッ
鍵がかかっていて、ドアが開かない。
そりゃそうか、今日は土曜日。休みだもの。
「ちょっと鍵借りてくるよ」
僕が言って職員室へ向かおうと数歩駆けたところで、
「あ、大丈夫ですよ」
と真帆が僕の背中に声を掛けた。
立ち止まり、振り返ると、
――カチャリ
鍵の開く音がして、生物室のドアが開いた。
「あれ? 先に鍵を借りてたの?」
真帆のところに戻りながら訊ねると、
「いいえ?」
真帆はニヤリと笑いながら、
「――この程度の鍵、私の魔法で一発ですよ」
自慢げに、そう口にした。
「……頼むから、それ使って他人の家に押し入ったり、盗みに入ったりとかしないでよ? 僕はついていかないからね?」
「何を言ってるんですか? 引きずってでも連れていきますよ? もし何かあったら、シモフツくんを生け贄にして私だけ逃げなきゃならないんですから」
「なにそれ、酷くない?」
「酷くなんてありません。シモフツくんは私の彼氏でしょう? 彼氏なら、彼女を身を挺して守ってください」
それが義務です、と真帆はすたすた歩きながら昨日自分が座っていた席に向かった。
僕もそのあとを追いながら、
「……僕の意思や気持ちは無視なわけ?」
「無視だなんて失礼ですね。私はシモフツくんの私への想いを最大限に考慮して生け贄にするんです」
僕はそれ以上何も言えなかった。
というか、言う気になれなかった。
真帆は自分に正直、というか、自分主義、というか、とにかく自分の都合のいいように僕を利用したいんだなって思うと何だか無性に腹が立った。
どうせ死の呪いなんて存在しなかったわけだし、多少痛い目に遭わされるだけなんだろう?
だったらもう、いっそこんなやつとの恋人ごっこなんて終わりにして――
「……怒っちゃいましたか?」
不意に立ち止まり、こちらに顔を向けてくる真帆。
その表情にはどこか陰りがあって。
「……ごめんなさい、またふざけ過ぎてしまいましたね」
突然の殊勝な態度に、僕も何だか申し訳なくなり、
「あ、いや、大丈夫。怒ってないから」
「――本当に?」
僕のところまで歩み寄り、涙目で見つめてくる真帆の顔を凝視できなくて。
「ほ、ホントに……」
視線をそらしながら、僕は答えた。
その途端、視界の隅で真帆がニヤリと笑むのが見えた。
「安心しました」
真帆はくるりと半回転すると、その長い黒髪をなびかせながら僕に背を向けて、
「――いつでも生け贄にしていいってことですよね?」
言ってわずかに振り向き、不適な笑みを浮かべたのだった。
僕はごくりと唾を飲み込み、
「……冗談だよね?」
とあと退る。
真帆はそれを見て「ぷぷっ」と噴き出し、
「そんなに怖がらないでくださいよ! そんなんだから私にからかわれちゃうんですよ?」
この野郎――!
僕は腹立たしさを感じながら、
「いいから、早く調べようよ!」
「はいはい」
答えて真帆は、先ほどのグラウンドと同じように魔力磁石を手の平に持ち、小さく呪文を唱えた。
再び魔力磁石が仄かに光って針がくるくる回りだし、やがてピタリと動きを止める。
「じゃぁ、行きましょうか」
真帆が言って、僕らは針の指し示す方へ歩き出した。