テラーノベル
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十五歳の春、最愛の「剣」を失った日から、元貴の歩む道は茨に覆われていた。
「若井家の神童は、北で氷の魔神に成ろうとしている。それに引き換え、我が君は……」
王邸の影で、あるいは公式の場での深々とした礼の裏側で、家臣たちの落胆は毒のように元貴の耳に流れ込んできた。期待された火や雷の術式は一向に現れず、元貴が指先から生み出すのは、ただ柔らかな光と、荒れ地を潤す植物の息吹だけだった。
「攻撃術の一つも使えぬ者に、この激動の時代を統べる資格があるのか」
その声は、やがて国民の間にも広まった。隣国との緊張が高まる中、人々が求めたのは「慈愛」ではなく「武力」だったからだ。
しかし、元貴は決して腐ることはなかった。彼は、自分を嘲笑う家臣たちのために、そして自分を拒絶する国民のために、誰よりも早く起き、誰よりも遅くまで執務室の明かりを灯し続けた。
「僕が戦えないのなら、戦わなくて済む国にすればいい」
彼は、他国との交渉に心血を注ぎ、飢えた民には自ら耕作の術を授けに回った。泥に汚れ、額に汗して働く王の姿を、人々は「弱者の足掻き」と呼びながらも、その恩恵を拒むことはできなかった。
その献身を支えていたのは、ただ一つの、琥珀に閉じ込められたような記憶だった。
(ひろぱなら、きっとこう言う。「お前は、お前のままでいろ」って)
一人、深夜の寝室で翡翠の守り袋を握りしめるときだけ、元貴は仮面の笑顔を外し、一人の少年に戻ることができた。
どんなに罵られ、無能と蔑まれても、元貴は滉斗を恨むことは一度もなかった。北の地で、彼が自分を守るために「心」を削って戦っていることを、誰よりも信じていたからだ。
二十代半ば、元貴はついに王位を継承した。
しかし、状況は悪化の一途を辿っていた。若井家を筆頭とする軍部は、元貴の対話路線を「弱腰」と断じ、公然と反旗を翻し始めた。
「陛下、若井殿の軍が、王邸へと向かっております。……もはや、止める術はありません」
忠実な侍従が震える声で告げたあの日。
元貴は、逃げることを選ばなかった。それどころか、守備隊に武器を置くよう命じた。
「彼らが怒っているのは、僕が弱いからだ。なら、僕がすべてを受け入れれば、国民が血を流す必要はなくなる」
王邸の廊下を歩く元貴の背中には、冷ややかな視線が突き刺さる。家臣たちはすでに彼を見捨て、新しい覇者となるであろう滉斗を迎える準備を始めていた。
一人、かつての「聖域」である最上階の部屋に籠もった元貴は、震える指で翡翠の首飾りを首にかけた。
窓の外からは、反乱軍の怒号と、街が凍りついていく不気味な音が聞こえてくる。
その冷気が、かつて愛した「ひろぱ」の魔力であることを、元貴の魂は敏感に察知していた。
「ひろぱ、君はこんなにも寒くて、孤独な場所にいたんだね」
迫りくる死の予感よりも、元貴の胸を占めていたのは、十四年間一人で氷の中にいた滉斗への、狂おしいほどの愛惜だった。
自分を殺しにくる男を、自分を裏切ったはずの幼馴染を、元貴はただ、世界で一番優しい笑顔で迎えようと決めていた。
たとえ、その喉元に冷たい刃が突き立てられることになっても。
たとえ、彼が自分のことを一欠片も覚えていなかったとしても。
「……おかえり、ひろぱ。よく頑張ったね」
扉が蹴破られる寸前、元貴は小さく呟き、光り輝く障壁ではなく、ただ静かに、その身を捧げるように立ち尽くした。
彼にとって、十四年間の孤独な執務も、国民からの罵倒も、すべてはこの瞬間のために耐え抜いてきた「愛の証明」だったのだ。
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