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むっとして視線をそらせば、暁兄が「ほらね」と言わんばかりの表情を浮かべている。
ち、なんなんだよさっきから。わざと日菜の制服姿見せたり…。
「あいつを見ていたらムカついてしょうがない。けど、イジワルしたら後悔してしまう。…そんな自分がわけわからなくて、またムカつく…ザ、負の連鎖。おまえ、見かけによらずお子サマだねー」
「はぁ?」
「もっと自分の気持ちに素直になってみたら?
そして素直に表現して、まっすぐに相手に伝えないと」
どういう…意味だよ…。
「よーく自分の胸に聞いてみるんだな」と言い残して、暁兄はキッチンから出て行った。
自分の胸に、か…。
見透かされているみたいで気に食わないが、確かに俺の胸はなにか言葉にできない感情がくすぶっているかのようにもやついていた。
そしてこの感覚かいつから始まったのか、大体のめぼしもついていた。
それは、あいつが店に来るようになって次第に意識するようになってからで…
「はいカット!!」
またもカットの声。
「あーもう、ちょっと休憩しようかー?」
すかさず足立さんも、さすがにいらだった声で言った。
緊張がほどけるようにホールにざわめきが聞こえてきた。
日菜のやつ、まだうまくできねぇのか…。
と思ったその時だった。
「…っきゃ、ごめんな…」
逃げるように日菜がキッチンに駆け込んできた。
泣きそうになりながら入って来たから前をよく見ていなかったみたいで、俺にぶつかって、日菜はいっそう顔を強張らせた。
「…なにやってんの、おまえ」
「……」
「まだOKでないのかよ、グズ」
「ごめんなさい…暁さんと一生懸命練習したんだけど、でもやっぱり本番になると緊張しちゃって…」
ごめんなさい、と繰り返す日菜の頬に涙が一滴落ちた。
きゅっと俺の胸は切なく締めつけられる。
くそ、なんで泣くんだよ。
俺の胸でもやもやが増して、胸を内から苦しくさせる。
どうして俺は、こいつを前にするとめちゃくちゃの思いもよらない行動をとってしまうんだ…。
今だって、
「俺が代わってやるよ」
その一言さえ言えばいいのに、口を突いて出てくるのはひどい言葉。
「おまえこの店やめたいの?やめたくねぇだろ。だって、やめたら、俺のケーキまた金払って食べなきゃならないもんな。ケーキが大好きな卑しいおまえにはたまんなくつらいだろ?」
「……」
「ならちゃんとやれよ。そのくらいできっだろ。なんのためにいつも俺のケーキ食ってんだよ。はは、紹介するならおまえの場合口で説明するよりただ食ってるところ見せた方が伝わるんじゃね?」
つい皮肉がとめられなかった。
くそ…。こんな自分がメチャクチャムカつく。
『もっと自分の心に素直になれよ』
暁兄の言葉が浮かぶ。
素直になれ?
…どういうことだよ。わけわかんね。
ただ、これだけはわかっている。
今、こんなひどいことしか言えない自分にムカついているってことは。
「そっか。そうだよね…」
日菜はうつむいたままぽつりと言った。
が、
突然、はっと顔を上げてなにか気づいたような顔をした。
訝しむ俺に、不思議と満面の笑顔を向けた。
「そっかそうだよね!晴友くんっ」
「は?」
「ありがとう!今の言葉でうまくできそうなヒント見つけたよ…!わたし、頑張ってみるね!」
言うなり、日菜はホールへと戻っていった。
…は…ぁ?
どういうわけだ?
てっきり落ち込ませたと思ったのに、逆に元気になってしまった。
なんだ、あいつ…。
てか、まだがんばるつもりかよ…。
※
「よし、じゃあ休憩終わり。日菜ちゃん、準備は大丈夫?」
「大丈夫です…!」
キッチンから戻って来た日菜は、休憩前とはちがって、明るい表情に戻っていた。
足立さんもびっくりしたようだけど、
「よし、じゃあ、次こそ終わらそうか」
と撮影が再開されようとした、が。
「あの…ちょっと待ってもらっていいですか…?」
日菜が遮った。
「ご迷惑をおかけしておいて申し訳ないんですが、お願いしたいことがあって…」
おどおどしていた日菜からの突然の提案に、スタッフも暁兄も俺も驚いた。
けど足立さんは長年の経験で撮影がスムーズにいくためのなにかを感じ取ったのか、日菜の意見をうながした。
「覚えていた紹介のセリフ、なしにしてもらってもいいですか…?」
「え?それはちょっと…」
「その代わり…自分の…わたしの言葉で紹介したいんです…」
そんなことできるのか?とでも言いたげに、足立さんたちが顔を見合わせた。
無理もない。
緊張しまくって暗記したことをただ言えばいいだけのこともできないのに。
けど、このままじゃ埒があかないと感じていたのか、足立さんは
「わかったよ。じゃあためしに一回やってみようか?」
と、リポーターに目配せする。
こうして、撮影が再開される。