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リポーターはこれまでと同じ調子でガトーショコラを一口食べてみた。
「うーん!このビターな甘さ!ほのかなブランデーの香りとあって濃厚な美味しさですねぇ!」
ふん…月並みの感想だな。
そんなの、コンビニの食っても同じこと言えるじゃねぇか。
俺が作るケーキは…、
「それだけじゃないんですよ」
日菜がいきなり台本とは全然ちがう言葉を発した。
ここは「ありがとうございます」と言って、ケーキのポイントを説明するはずなのに…。
「ちょっと、添えている生クリームと一緒に食べていただけますか」
「あ、はい…」
言われた通り食べるとリポーターは、
「あれ、ちょっと風味が変わりましたね?」
「はい。うちのガトーショコラはカカオの配分にこだわっていまして、45%と90%を二層にしております。
付け合せの生クリームと一緒に食べることで差がある両者が口の中でからみあい、食べた瞬間は別の風味でも、口の中でまろやかな甘さに変わるんです。一口一口でちがった美味しさを味わっていただきたいからです」
へぇ。
ほぉ。
と、スタッフの間から感心するような小声が聞こえた。
リポーターも素で感心したみたいで、本来は次のケーキに移るところをもう一口食べてみる。
「わぁ本当ですねぇ。上と下で苦みが微かにちがいますね!
一品で別々の風味が楽しめますね!」
「はい!単調な味が続きがちのガトーショコラに工夫を加えた、本店の自信作のひとつです」
これまでとは打って変ったにこやかな表情から生まれる言葉は、すっかり台本とはちがった日菜独自のものになっていた。
けど、なんら問題はない。
足立さんも、そのまま続けろ、とリポーターに目配せする。
「なるほど、こだわりの美味しさはこれだけではないんですね!
じゃあ次は、チーズケーキにいってみましょうか!」
「いえ、次はこのプティングはいかがですか?」
へぇ…。
やるな、日菜のやつ…。
さらりと段取りとはちがうケーキをすすめた日菜に、さすがの俺もうれしさに近い驚きを感じた。
ガトーショコラなんて味が強いものを食べた次に繊細なチーズの風味を味わうのは難しい。
まだプティングの方がいい。
日菜はそのことを十分解かっているんだ。
なにも考えないで食べているだけだと思ったのに、たいしたもんじゃねぇか。
『わたし、晴友くんのケーキが大好きなの』
…あの言葉は嘘じゃなかったんだな。
さっきのガトーショコラだって、あいつにそうと教えたことなんて一度もない。
食べ続けることで気づいてくれてたんだ。
『単調な味が続きがちのガトーショコラに工夫を加えた、本店の自信作』
この言葉だって、まさに俺が心の底でひそかに抱いていた自負で、誰にも言ったことはない。
姉貴にさえ。
なのにあいつは、そんな俺の心の奥底の気持ちまで気づいてくれてたのか…?
くそ…なんなんだよ…。
思わず口元がゆるむ。
うれしすぎるっての…。
日菜のペースが続いたまま撮影は終盤を迎え、締めの店の宣伝に入っていた。
すっかり自分のペースをつかんだ日菜だったけれど、カメラを見つめるとすこし頬を染めながら微笑む。
『ベイエリア観光の休憩に、隠れ家的カフェに立ち寄りませんか?たくさんのおいしいスイーツでお迎えいたします。カフェリヴァージ、ぜひお越しください』
『はい!絶品スイーツとカワイイ店員さんがお待ちです!ぜひ一度いかがですかー?』
リポーターが手を振る。横で日菜も頬を赤らめながら手を振った。
「カット!!」
終了。
終わってみれば一発OKの文句ない出来だった。
「うん!いいよいいよ!お疲れさまっ!!」
足立さんも上機嫌でしきりに労いの言葉を日菜にかけた。
「すみません…、すっかり変えちゃって…。しかも長くなりましたし…」
「いいよいいよーおっけいだよ!いやー見ちがえるようだったよ!アドリブであそこまでうまくできるなんて、大したもんだね」
「いえ…そんなことは…」
「見かけもばっちりカワイイし…どうだい日菜ちゃん、そういうお仕事してみたら?知り合いにいいプロデューサー知ってて君のこと伝えておくからさ、よかったら」
「はい、ありがとーございましたー」
足立さんが名詞を出そうとしたところで、俺は日菜の前に立ってぺこりと頭を下げた。
「お疲れさました、足立さん」
「おぉそういえば君もいたね、晴友くん。いやぁ、このお店はいつも美人ぞろいで紹介しごたえがあるよー」
と、ニヤニヤ笑うと俺に耳打ちした。
「今日のオンエアされたら、しばらく大忙しになると思うよー?日菜ちゃん、あの見かけだしあのトークテクだし、今度は男性客も増えちゃうかも!いやーますます商売繁盛だね」
「あたす」
ち。
日菜が口達者なのは俺のケーキの話している時だけだっての。
「すんません、もうそろそろ客入れたいんで」
「あーはいはい撤収するね。じゃ、オンエアは多分今週末あたりだと思うから、祥子さんにも伝えといてね」
と言うと、足立さんたちはさっさと機材を片付けて出て行ってしまった。