「明日起きたら、きっと美味しいご飯を食べられるし、久しぶりに何も気にせず恵と一日ゆっくり過ごせる。息抜きだと思ってゆっくりしようか」
「そうだね」
暗闇のなか、恵が溜め息をついた音が聞こえる。
「おやすみ、恵」
「おやすみ」
こうやって同じ部屋で「おやすみ」を言い合うのは久しぶりだな、と思いながら、私は今日起こった出来事をなるべく思い出さないようにして、寝る努力をした。
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翌朝目が覚めたのは、七時半頃だった。
(あっ、会社……)
思わずガバッと飛び起きたけれど、自分が見知らぬ部屋で寝ているのを自覚し、すぐに昨日何が起こったかを思いだした。
「おはよ」
恵の声がしてそちらを見ると、彼女はベッドに座ってスマホを弄っていた。
「あ、起きてたんだ」
「彼ら、もう起きてるみたいだよ」
「えっ? ホント? ちょっとお手洗い行ってくる」
私は慌てて起き上がり、少し迷ったあとに用足しをし、洗面所で顔を洗う。
部屋に戻ると、恵は着替えを始めていた。
私が布団をたたみ始めると、恵は無言で手伝ってくれる。
「ありがと」
「なんも」
私も恵も、普通にパーカーにジーンズ姿でリビングダイニングに向かう。
するとダイニングでは音量控えめでカフェミュージックが掛かっているものの、二人の姿はない。
ヒョコッとキッチンを覗くと、シャツにベスト、スラックス姿の二人が、アームバンドをして朝ご飯を作っていた。
「ウウ……ッ!」
私は架空の鼻血が流れそうになるのを感じ、ときめいた胸元と鼻を押さえる。
「しっかりしろ、朱里。傷は浅いぞ」
そこでお決まりのセリフを言ってくれるのは、さすが親友だ。
「おはよう、二人とも。よく眠れた?」
涼さんが朝から爽やかな笑顔を向けてくれ、私はその麗しさに拝みたくなりながらもコクコクと頷く。
「お陰様で」
「朱里、中村さん、スクランブルと目玉どっち?」
尊さんに尋ねられ、私は「スクランブル!」と挙手して勢いよく返事をする。
「あ、じゃあ私も同じ物で」
「ラジャ」
二人は手際よく動いていて、私は手伝おうとするも、何をしたらいいか分からずまごつく。
「何かやる事ありますか?」
恵がズバッと尋ねると、涼さんがニッコリ笑う。
「じゃあ、ラビティーの着ぐるみパジャマを着て、そこでラビティーダンスを踊ってくれるとか……」
「寝言は寝て言ってください」
昨晩、あれだけのデレを見せたのに、恵は相変わらずソルトだ。
「マジレスすると、大体の手順は終わってるから、あとは食べるだけだ。座ってな」
尊さんがそう言ったけど、何もしないのは気が引けるので、とりあえず私は待機して運ぶ物ができたら運ぼうと思い、邪魔にならない所に座らせてもらった。
朝食の準備ができたあと、私たちは四人でダイニングを囲む。
先日、ランドで初めて顔を合わせた四人だけど、今は〝今後お馴染みの四人〟になっていると思うと不思議だ。
恵は涼さんに甘い言葉をかけられても、以前のように激しく動揺はしていない。
照れてはいるものの、なんとか彼女なりにかわそうとしている。
(……涼さんのほうが何枚も|上手《うわて》だけど……)
私は心の中で呟き、「今日も可愛いね」とニコニコしている涼さんと、照れてツンツンしている恵を見て、ニチャア……と笑う。
イケメンを観賞しつつ美味しいご飯を食べ、昨晩の嫌な気分はだいぶ薄れている。
全部なかった事にはならないけど、なんとかやっていけそうだ。
食後、私たちは食器洗いをやらせてもらう事にし、その間に二人は出勤する準備を進めている。
お皿一枚にしても幾らするか分からない高級品なので、朝から非常に身の引き締まる思いをする。
やがて二人はそろって玄関に向かい、私と恵は「いってらっしゃい」を言う。
尊さんはちょっと悪い顔で笑い、「いってきます」と私を抱き寄せてキスをする。
その様子を見た恵は、目をまん丸に見開いて固まっていた。
コメント
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おっ❤️恵ちゃ~ん、 涼さまと 「行ってらっしゃい」のチューは....?😘💕💕😁