テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
長いですが、どぞ
題名センスないです
最初からどぎついです
始まり
仕事終わりのオフィスは、いつも以上に静かだった。
昼間はあれほど騒がしいコピー機の音も、電話の着信音も、誰かの笑い声もない。
蛍光灯の白い光だけが、だだっ広い室内を冷たく照らしている。
私はいつものように、最後の確認をしていた。
机の上に書類は残っていないか。
施錠は問題ないか。
電源の切り忘れはないか。
誰にも頼まれていないところまで気にするのは、もう癖だった。
その時。
会議室の机の端に、小さな光が見えた。
……?
近づいてみると、それは片方だけのピアスだった。
銀色の輪に、小さな黒い石が埋め込まれている。
派手ではないが、妙に存在感がある。
私はそれをそっと摘まみ上げた。
……誰のだっけ。
記憶を辿る。
今日会議にいた面々。
耳元に何か光っていた人。
数秒考えて、あ、と声が漏れた。
北朝鮮さんのか。
確か今日、珍しく少し機嫌が良さそうで。
そのせいか、いつもより装飾品までつけていた気がする。
……届けるべき、ですよね。
でも。
私が届けていいのだろうか。
嫌われている自覚はある。
表向き取り繕っていても、私を快く思わない人は多い。
むしろ当然だ。
過去にしたことは消えない。
どれだけ今を整えても、帳消しにはならない。
私なんかが家まで行ったら、迷惑かもしれない。
指先のピアスが小さく揺れる。
……まあ、ないよりはましでしょう。
大事にしていたみたいですし。
私は苦笑して、コートを羽織った。
◇
夜の街は冷えていた。
吐く息が白い。
人通りは少なく、住宅街に入れば足音だけがやけに響く。
北朝鮮さんの家の前に着いて、私は一度深呼吸した。
ぴんぽーん。
チャイムの音が、静寂に溶ける。
……。
反応なし。
もう一度押す。
ぴんぽーん。
……。
出ない。
留守か、居留守か。
後者の可能性を考えて、少し胸が痛んだ。
まあ、あり得ますよね。
私は無理に笑って、郵便受けを開けた。
「ピアス忘れてましたよ。
ポスト、入れておきますね〜……」
傷がつかないよう、ハンカチに包んでそっと置く。
カタン、と小さな音。
静かに閉める。
……仕事戻るのもあれだし、帰るか。
誰に聞かせるでもなく呟き、踵を返した。
◇
夜中なので、誰もいません。
大通りを通れば安全だ。
でも遠回りになる。
少しでも早く帰って、湯船に浸かって、明日に備えて寝たい。
私は近道になる路地裏へ入った。
薄暗い。
街灯が一本、頼りなく点いているだけ。
……それが、間違いだったのでしょうか。
少し先に、人影があった。
壁にもたれ、こちらを見ている。
こんな時間に?
会釈だけして通り過ぎようとした、その瞬間。
相手の手元が光った。
あ。
目が合った。
……ぇ……
なんで。
なんであの人、ナイフ持ってるんですか……?
相手がゆっくり歩き出す。
次の瞬間には走っていた。
靴音が乱れる。
息が上がる。
背後から足音が追ってくる。
なんで。
なんで私なんですか。
助けて。
曲がり角を曲がる。
また曲がる。
知らない道だった。
道を間違えた。
どこですかここ……!
焦って前を見る。
壁。
行き止まり。
……あ〜、終わった。
振り返る。
男は息一つ乱さず近づいてくる。
顔は暗くて見えない。
ナイフだけが、やけに白く見えた。
私は壁に背をつけたまま、へたり込んだ。
逃げ場はない。
ああ。
こういう時、人って案外静かなんですね。
怖くて泣き叫ぶと思っていました。
でも違った。
ただ、すとんと諦めが落ちてきた。
グサッ。
熱い。
腹部に何かが入り込む感覚。
遅れて痛みが爆発する。
息が吸えない。
声も出ない。
男が引き抜く。
血が溢れる。
視界が揺れる。
膝から崩れた。
嗚呼、人生こんなもんか……
アメリカさんにも、まだ返せてない書類あったな。
ドイツさんに頼まれてた件も途中でした。
あ。
……ピアス、届いてるかなぁ……
そんなことが最後に浮かんで、少し笑った。
もっと生きたかったなぁ……
朝ごはんも、食べてない。
桜も今年、ちゃんと見てない。
誰かと穏やかに話す未来とか。
許される日とか。
少しは期待していたのに。
……。
視界が暗くなる。
冷たい地面。
遠くで足音。
体が持ち上げられた。
……あ。
死体処理、ですか。
意識はもうほとんどない。
肩に担がれ、揺れる。
腹の傷がずきずき痛む。
まだ、生きてるんだ。
変なの。
男の家らしき場所に運ばれる。
古びた扉。
軋む音。
暗い室内。
床に雑に降ろされる。
血の跡が広がる。
男はビニールシートを出し、ロープを持ち、何かぶつぶつ呟いている。
警察にバレないように。
慣れている手つきだった。
ああ。
私の人生の終わりって、こんな誰にも知られない場所なんですね。
会社では明日、少し騒ぎになるでしょうか。
無断欠勤なんてしませんから。
でもすぐ、面倒な案件として処理されるかもしれない。
あの人は眉をひそめる。
あの人は舌打ちする。
あの人は、少しだけ心配してくれるかもしれない。
でもきっと皆、どこかで思う。
日本がいなくなった。
それだけ。
男が近づく。
手に、また刃物。
私はもう指一本動かせなかった。
怖いはずなのに、心は妙に静かだった。
ただ。
できるなら。
次に生まれるなら。
誰にも嫌われない場所で。
普通に笑って。
普通に生きて。
誰かに必要だと言われてみたかった。
男が腕を振り上げる。
そこで意識は、完全に途切れた。
23