「かあさん、これで大丈夫かな?」
月子は縫い上げた岩崎の襟巻きを母に見せた。
「ええ、とても上手にできてるわよ」
母は、機嫌良く月子へ微笑んでくれた。
月子は母が養生している男爵邸の別棟で、岩崎の襟巻きを仕上げていたのだ。
こっそりと行うほうが岩崎も、妙な遠慮をしないだろうと清子に言われたからもあるが、襟巻き作りは初めてだった月子は、母の助言も借りたいと思ったのだった。
「それにしても、良い生地ね。お色も岩崎様に似合いそう……」
ポツリと語る母は、顔色もずいぶんと良くなり、どこかふっくらとすらしていた。
「あー、京介様はしあわせものですねー。というか、私も田口屋さんに何か贈ろうかしら?」
お茶と羊羹をどうぞと、梅子がやって来る。
「聞いてくださいよー、田口屋さんったら、梅子!迎えに来る!って言ったきりですよぉ?!まったく、口先だけなんだから!」
確かに。以前、梅子を嫁にもらうもらわないと、芋羊羹を食べながら話したことがあったと月子も思い出した。
「梅子さん、二代目さんのことだから、忙しいんじゃないでしょうか?」
「そう……ですかねぇ。バカ正直に待ってるのもなんだかなぁ。行き遅れになっちゃいそうだし。月子様が、羨ましいです」
すると……。ドタドタと廊下を歩む音がして、スパンと障子が開けられた。
「梅子!迎えに来たぞ!ちらっと聞こえたけど、なんでぇー!俺を信じてなかったのかぁ?!」
頬を膨らませた二代目が、梅子を恨めしそうに見ている。
「えー、田口屋さん?!羊羹が足りないわ!」
「そこかよっー!梅子!だが、口入れ屋の女房になるなら、それくらいじゃないとやってけねぇー!やっぱり梅子だ!」
二代目が、ビシッと梅子を指さした。
「岩崎の旦那と話つけてきた!持参金もかなりのもんだ!梅子!祝言あげるぞっ!」
「えっ?!旦那様に話しちゃったんですか?!っていうより、持参金って?!田口屋さん、なんで、持参金なんです?!まるで金目当てって感じじゃないですかっ!」
「あのなぁ!梅子!商売上がったりになったら、その持参金でお前の暮らしは何とかなる。俺は梅子のことを考えてんだぜ?!」
二代目は、誇らしげに胸を張り言った。
「えっ?田口屋さんって、口入れ屋もだけど、手広く建物の賃貸も扱ってますよねー?商いが傾くような状態なんですか?!そんなー!」
幸先がなんだか悪そうだと、梅子は不満げに二代目を見る。
「なっ?!梅子!お前だって金目当てみてぇじゃねぇか?!」
「だって、傾きかけてる所へわざわざお嫁になんかいきませんよー!」
二人は延々と金巡りの事で言い合った。
「ふふふ、お似合いね。確かにお金は大切ですからね。その話ができるってことは、良いことよ」
月子の母が楽しげに仲裁に入る。
「うん?違いねえや!先立つものがなけりゃ祝言も挙げれねえからな!」
よし、と、二代目は何か決断したようで、梅子の隣に座り込む。
「早いとこ挙げちまおうぜ!梅子を行き遅れにしちゃあいけねぇからな!」
「あー、でも、京介様と月子様の祝言があー、それに、おしめ作らないといけないし……」
梅子は、岩崎と月子より先に祝言は挙げられないと言い張り、二人の子供におしめを作らないといけないからと、二代目へ言い渋った。
「おしめって?!ちよっ!それ!月子ちゃん、子供できちまったのかっ?!本祝言挙げてねぇーだろー?!」
二代目がイキった。
「あははは!田口屋さん、月子様はまだご懐妊されてませんよ。芳子様が、おしめ用の生地買い込んじゃって!どのみち必要になるものだからって、おしめ作りに取り組んでるんですよー」
「なんだそりゃ?!いや、梅子、そんな話はねぇーだろー?!実は、できたんじゃねぇの?!」
二代目が、訝しげに月子を見る。
「えっ?!そ、そんなことはありません!!芳子様の気が早くて……」
そうなのだ。自分の反物の購入を清子に注意された芳子は、月子へ矛先を向け、いずれ生まれてくるだろう子供のために、おしめ用の生地を買い込んだ。とにかく、何か買い込みたかったらしい。
「……でも、わざわざ、おしめ用の生地を買ってくださるなんて……それに、こちらで用意すべきことなのに……」
月子の母が、申し訳そうに言った。自身の養生に加えて、祝言の支度まで行ってもらい、子どもが生まれた時の準備まで、男爵家が行ってもらっている。
「こんなに甘えていいのかしら」
母は、顔を曇らせる。
それは、月子も同じ思いだった。行きがかり上の見合いが発端になり、そこから全て男爵家が負担しているのだから……。
「あー!もう、お二人共!やってもらえるんだから、受け取ったら良いんですよー!そもそも、皆、楽しんでるんですからぁ!」
しんみりとしかけた月子親子へ、梅子が、からから笑いながら声をかけた。
「そうそう!梅子の言う通り!男爵家、なんだから頼ればいいんだよっ!月子ちゃん。なんも心配いらねぇーよ!」
二代目も、笑いながら月子の背を押すかの様に調子よく言う。
「……月子、甘えてみるかい?母さん、後で、ちゃんとできるだけのお礼するから……」
「そうそう!それでいいんですよっ!」
梅子が頷く。
「あー、そうそう梅子の支度もやんなきゃなあとかなんとか、岩崎の旦那も張り切ってたぜ!吉田の執事さんも手配いたしますなんて言ってたし……」
「え!田口屋さん!話本当に進んでるの?!」
「なんだよ梅子!俺の言う事信じてなかったのかよ!」
「だって、田口屋さんよ?調子だけはいいじゃない?」
「うっせぇーよ!梅子!お前には、三代目産んでもらわなきゃいけねぇんだ!しかも!三代目は身上《しんしょう》を潰すって、言われてるだろ!そうならないためには、お前の底力の見せどころでもあるんだぜ!」
妙に真顔になって、二代目は梅子に詰め寄った。
「……そっか。なんか、やっぱり幸先悪いなあーそうだ!京介様と月子様と、一緒に祝言挙げませんか?!縁起担ぎですよ!それに、泊もつきませんかぁ?」
「はあ?!」
梅子の突然の提案に、さすがの二代目もついていけない。
「ふふふ、月子?なんだかにぎやかな祝言になりそうだね?」
月子の母は、優しく笑みを浮かべ、何がなんだかと居心地の悪そうな月子を見た。
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