テラーノベル
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指先だけではなく身体も小刻みに震え出し、瑠衣の表情が強張っているようにも見える。
その様子を、黙ったまま見守っている侑。
彼女のこんな表情を見たのは、音大卒業間近の最後のレッスン以来かもしれない。
あの時は、何もかも諦めたような雰囲気を漂わせていたが、今はどうなのだろうか。
もしかしたら、何かを始める事に対し、躊躇しているのではないだろうか。
「…………九條。落ち着け」
侑は楽器を傍らのスタンドに立てかけると、背中を丸めながら動揺している瑠衣の身体を、後ろから包み込むように抱きしめる。
「…………色々思う事はあるのかもしれんが、音大生だった時と今は違う。もう少し、気持ちを楽にしてもいいんじゃないのか?」
「…………」
瑠衣の髪の甘い香りが侑の鼻腔をくすぐり、吐息も震わせている彼女に、彼の抱きしめる腕に尚も力が込められる。
(俺が…………こんな事をするなんて。コイツは…………俺の調子を狂わせる)
彼女の身体の震えが落ち着くまで、侑はひとしきり抱きしめ続けていると、瑠衣が身じろぎして、彼を見上げた。
「…………すみません、先生。落ち着いてきたので大丈夫です」
「…………行けそうか?」
「はい」
侑は瑠衣から離れると、スタンドに立て掛けた楽器を手にして彼女を見下ろした。
大きくため息を付いた後、瑠衣はまずマウスピースを手に取った。
唇に当て、ウォームアップをした後に、楽器本体に手を伸ばし、おずおずとマウスパイプにマウスピースを装着させる。
「ひとまず、無理のない範囲で出せる音を出すといい」
瑠衣は目を閉じ、また一つ吐息を零した後、楽器を構え、四年振りに音を出した。