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「…………四年のブランクにしては、意外と音が鳴ってるな」
瑠衣の音を聞きながら侑が腕を組み、思い出したように本棚から『金管楽器奏者のバイブル』とも言われる黄色い教本を持ってきた。
「お前もよく知っている教本だ。まずはここからだな」
ページを捲ると、侑の文字や、侑の師事していた先生の文字と思われる書き込みがびっちり埋まっていて、ページの縁はセピア色に変色している。
長年使い込まれてきたと思われる教本に、改めて彼の演奏者としての経験や歴史のようなものを感じた瑠衣。
「まずは基礎練をやったら、この教本という流れでやっていこう。いいな?」
「はい。ありがとうございました」
侑に向かい、深々と一礼をすると、瑠衣はすぐに楽器の手入れを始めた。
(趣味になったとはいえ……頑張って続けたいな……。それに、この楽器…………もう何が何でも手放さないようにしなきゃ……!)
四年振りに受けた侑のレッスンは、久々に瑠衣の気持ちを高揚させるものとなった。
初回のレッスン以降、彼は仕事がオフの時に、瑠衣のレッスンをしてくれるようになった。
学生時代の時とは違い、侑と話す機会が娼館にいた頃よりも格段に増えたせいもあり、瑠衣は軽口を叩く事もあったりする。
「お前、音がベルの前で滞ってるぞ? 墨田区の電波塔にいる客を振り向かせるつもりで吹け」
「先生、墨田区の電波塔って、どの方向にあります?」
瑠衣の言葉に、侑が顔を顰めさせる。
「…………ここからだと恐らく北東になると思うが」
彼が指を指すと、瑠衣は侑の指を指す方向に身体を向け、音を鳴らし始めた。
そんな様子を見た侑が、呆れたように深くため息を吐く。
「…………お前は子どもか?」
「え、だってその方がイメージが掴みやすいって思ったから」
屈託のない様子で答える瑠衣に、思わず苦笑する侑だった。