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ホテルの部屋って、不思議だ。
地方ライブの日、全員で同じホテルに泊まることはよくあるのに。 部屋に入った瞬間だけ、急に世界が静かになる。
さっきまであんなに騒がしかったのに。
歓声も、照明も、音楽も、全部遠くなって。 残るのはエアコンの音と、自分の呼吸だけ。
俺はベッドに倒れ込んで、深く息を吐いた。
「……疲れた」
スマホを見る。
メンバーのグループLINEはまだ動いてた。
“今日のMCやばかった”
“写真送って”
“腹減った”
いつものやり取り。
その中で、一番最後に来た通知に目が止まる。
『勇斗、生きてる?』
送り主は、吉田仁人。
たったそれだけのメッセージなのに、口元が緩む。
やばいなって思う。
最近ほんと、仁人のことで感情が動きすぎる。
『ギリ生きてる』
送ると、すぐ既読がついた。
『うそ。絶対死んでる顔してた』
思わず笑った。
見てたんだ。
そういうとこだよな。
俺が疲れてるとすぐ気づく。 無理してると絶対バレる。
しかも本人は、それがどれだけ特別なことか全然分かってない。
『部屋くる?』
送信してから、ちょっとだけ焦った。
いや待って。 急すぎたか?
でも数秒後。
『行く』
その二文字を見た瞬間、心臓が変に跳ねる。
……落ち着け俺。
ただ部屋来るだけ。 普通。 いつも通り。
なのに、好きって自覚してから全部普通じゃなくなった。
仁人が近いだけで意識する。
目が合うだけで嬉しい。
名前呼ばれるだけで、胸の奥が熱くなる。
数分後、部屋のインターホンが鳴った。
ドアを開ける。
「おつかれー」
そう言って入ってきた仁人は、パーカー姿だった。
髪はまだ少し濡れていて、完全に風呂上がり。
……無理。
かっこよすぎる。
いや可愛すぎる。
どっちだよもう。
「なにその顔」
「いや、なんでも」
「絶対なんか思ったじゃん」
「思ってないですー」
適当に誤魔化しながら、冷蔵庫からジュースを取り出す。
仁人はベッドに腰掛けながら、「あざっす」と受け取った。
距離が近い。
ホテルの部屋ってそれが危ない。
逃げ場がない。
「今日さ」
仁人がジュース飲みながら言う。
「勇斗、めっちゃ頑張ってたよね」
「……そう?」
「うん。ずっとテンション高かった」
見てたんだ。
また思う。
俺のことちゃんと見てくれてる。
その事実だけで嬉しくなる自分が単純すぎて嫌になる。
「まあ、頑張んないとね俺」
笑いながら言う。
でも仁人は笑わなかった。
「無理しすぎはだめだよ」
優しい声。
その声、ほんとずるい。
俺が弱ってる時に限って、そういう顔する。
「……仁人ってさ」
「ん?」
「なんでそんな優しいの」
ぽろっと本音が出た。
仁人は少しきょとんとした顔をする。
「普通じゃない?」
「普通じゃない」
即答だった。
仁人は自分の優しさに無自覚だ。
だからタチが悪い。
期待する。
勘違いする。
もっと欲しくなる。
「勇斗って最近変だよね」
どきっとした。
「……なにが」
「なんか前より距離ある」
図星だった。
だって無理だ。
好きな人に、今まで通り平気な顔して触れられるほど器用じゃない。
「気のせいじゃない?」
「気のせいじゃない」
仁人はじっと俺を見る。
その目、反則。
「最近すぐ目逸らすし」
「……」
「前みたいにふざけて抱きついてこないし」
それ以上言わないでほしかった。
全部、自覚してるから。
好きだから距離取ってるなんて、格好悪すぎる。
「だって」
気づけば声が漏れてた。
仁人が少し首を傾げる。
「だって?」
俺は小さく息を吐いた。
もう無理だと思った。
誤魔化すの、限界だった。
「好きな人相手に、そんな普通でいられないって」
静かになる。
やば。
言った。
終わった。
でも不思議と後悔はなかった。
むしろ少しだけ楽になった。
仁人は何も言わない。
ただ、俺を見てる。
その沈黙が怖くて、俺は苦笑した。
「…引いた?」
すると次の瞬間。
仁人の手が、そっと俺の服の袖を掴んだ。
「引いてない」
小さい声。
でもちゃんと聞こえた。
心臓が跳ねる。
「むしろ……嬉しい」
「……え?」
思わず聞き返す。
仁人は少しだけ照れたみたいに視線を逸らした。
「勇斗にそう思われてるの、嫌じゃない」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
無理。
好き。
可愛すぎる。
俺は反射みたいに仁人の手首を掴んだ。
「勇斗?」
少し驚いた声。
でも嫌がってない。
そのことが嬉しくて、止まれなくなる。
ぐっと引き寄せる。
近い。
息がかかる距離。
仁人の目が揺れる。
「…ねえ仁人」
「なに」
「今、自分がどれだけ可愛いこと言ってるか分かってる?」
耳が赤い。
やばい。
その反応、ほんとに俺に効く。
「俺さ」
そっと仁人の頬に触れる。
熱い。
多分、俺も同じぐらい熱い。
「ずっと我慢してた」
「これ以上好きになったら、絶対戻れないと思って」
本音だった。
メンバーって関係が壊れるの怖かった。
今の距離が変わるの怖かった。
でももう無理だ。
仁人が優しいから。 特別みたいな顔するから。 期待してしまう。
「勇斗、?」
名前を呼ばれる。
その声だけで胸が苦しい。
俺は小さく笑った。
「ねえ、今なら俺から逃げれるけど」
確認するみたいに聞く。
仁人は数秒黙ったあと、ゆっくり首を横に振った。
その瞬間、理性が切れそうになった。
俺は仁人を抱き寄せる。
ぎゅっと。 離したくないぐらい強く。
「わ、勇斗…」
「無理。好きすぎる」
耳元で呟くと、仁人の身体が少し震えた。
可愛い。
ほんとに可愛い。
俺だけこんなドキドキしてると思ってた。
でも違う。
仁人もちゃんと意識してくれてる。
それが嬉しくてたまらない。
「…勇斗、心臓うるさい」
「仁人のせい」
「俺?」
「そう。可愛すぎ」
そう言うと、仁人が「うるさい……」って小さく笑う。
その笑い声が愛しくて、胸がぎゅってなる。
俺は少し身体を離して、仁人の顔を見る。
近い距離。
赤い耳。 揺れる目。 少しだけ開いた唇。
全部、自分だけのものにしたくなる。
「仁人」
「……なに」
「俺、多分めちゃくちゃ独占欲強いよ」
仁人が少し目を丸くする。
「他のやつにそんな顔してほしくないし、あんま無防備なの見せないでほしい」
自分でも重いと思う。
でも止められない。
好きだから。
「俺だけ見ててほしい」
本音だった。
格好悪いぐらい。
でも仁人は少し黙ったあと、ふっと笑う。
それから、そっと俺の肩に額を預けた。
「……じゃあ勇斗も、俺だけ見て」
その一言で。
本当に、もう駄目だった。