「ああ、ああ、貴方は! 貴方は仲間ではないのですか?」
「どう考えても違うと思いますが? それとも、先ほどの話を全て鵜呑みにしたと?」
「ひいいっ!」
往生際が悪い。
そんなことを、思いながら私は目を細めた。
グランツの剣先は、一歩でも動けば、その喉元を掻き切るぞと言わんばかりに向けられており、神父も顔面蒼白で、どうにか言い訳を考えているようだった。だが、怠惰に、ゾンビのような人達に任せてばかりで、自分は何もしてこなかったバチがあたったと思えばいいと私は神父を睨み付けた。
ゾンビのような人達の動きはある程度とまり、グランツとブライトがあらかた処理した人達は気を失っているか、眠っているかのどちらかだった。ただ、神父を捕らえたことによって、動きが止ったところを見ると、神父を止めて正解だったと思う。
(さて、どうするか……だよね)
神父は、まだ苦し紛れに言い訳をとあたふたしており、先ほどの余裕は何処に行ったのかと聞きたいぐらいだった。
「ち、違います。私はただ……貴方方が入信しにきたのではないと瞬時に悟りました。魔法で姿を変えようと、魔力の高いものには見破れます。ただ、貴方の話はどうも現実味があって……全てが嘘というわけではないのでしょう?」
「……だから、俺が味方だといいたいのですか?」
と、グランツは冷たく放った。
神父の顔が歪む。確かに、先ほどグランツと話していた神父の顔は確かに魅入っていたというか、本気で信じ込んでいるようだった。グランツにそんな話術があるとは思わないし、神父のいったとおり全部が全部嘘ではないのだろうと思う。あのいいぶりからしたら。
だとしても、グランツは本当に何なのだろうか。
「ブライト……グランツって味方、だよね」
「エトワール様?」
「……信じているよ。そりゃあ、私の護衛だもん。でも口下手で、何を考えているか分からなくて、ちょっと不安になるときがある……から。その不安ってどこから来るんだろうって」
私は、グランツに神父のことは任せて、ブライトの服を引っ張った。ブライトは考え込んでから「そうですね」とどちらにも取れない言葉を返す。ブライトはグランツの正体をある程度気づいているのだろうか。
ブリリアント家でドラゴンが暴走した後も、グランツを呼び出して何か話しているみたいだし、でも、あの時二人きりなった時ブライトは無事だったわけだから、敵ではないと思う。勿論、敵だとは思っていないけれど、それでも不安は拭いきれないのだ。
トワイライトの、ヒロインストーリーでは、そこまで攻略キャラの過去が深掘りされていないために、全く何が何だか分からない。まあ、暗すぎるストーリーだったら、マニアとかしかプレイしないだろうから、そういう大衆向けに作られているんだろうけど。こう、エトワールになって見えてきたのは、あの恋愛を前面に押し出したゲームではなく、人の深い闇や悩みについて突っ込んでいくような、生きることに視点を当てたストーリーだと思った。
重いし、命の危険もある。でも、その分それを乗り越えて勝ち取った信頼というものは唯一無二だ。
「僕からは、何もお話できませんね。ですが、今のところ彼は敵ではないと思います」
「今のところはって?」
そう聞けば、ブライトは首を縦に一度ふったのち私を見た。何かを諭すように、大丈夫だと言い聞かせるように。
「エトワール様は覚えているか分かりませんが、前にグランツさんが敵ではなくてよかったといったでしょう?」
「いったような、いっていないような……ごめん、覚えていない」
そういえば、ブライトは「エトワール様らしいです」と苦笑いしていた。記憶力はいい方だと思っていたが、次から次へと流れてくる情報を頭が処理しきれていないのだ。
確かにブライトはいっていたような気もするけれど、あまり記憶にない。まあ、それはいいとして、彼がそう言うのであれば「敵」ではないだろう。グランツが敵に回ったら厄介だし、私の攻撃もブライトの攻撃も弾かれてしまうだろう。
一応設定では、剣の腕は攻略キャラ一らしいから。それに、アルベドの動きをまねして取り入れているところをみると、一度見た動きは行動に移せるらしいから、本当に厄介だ。味方であれば、これほど心強いことはないんだろうけど。
(そういえば、まだクエストクリア……って出てないな)
神父を捕らえればクエストクリアと表示されるものだと思っていたが、どうやら違うらしい。というか、そういえば私はクエストクリア条件をしっかり読んでいなかったことを思いだした。ウィンドウは勝手に出て勝手にしまってしまうため、未だに自分でみることはできない。憎たらしいことこの上ない。
(でも、さささ、さすがに、殺すとかではないよね? 事情聴取もしなきゃだし)
そこまで非道なクエストではないだろうと思いつつも、私は、少し嫌な想像が頭の中をよぎる。けれど、この神父には聞きたいことが山ほどあるのだ。
ヘウンデウン教と繋がっているため、何か情報を得られるのではないかと思った。
「そろそろ、諦めたら? アンタの味方は誰もいないから」
そう私が言えば、神父はバットグランツの方を見た。縋るように、声を震わせていう。
「ですが、貴方は――――」
『アァアアアアアアッ!』
そう神父が言いかけたときだった。それまで大人しくなっていたゾンビもどきが、いきなり動き出したのだ。それも、寝ていたものも、気絶したものも、こちらに向かって猛スピードで突っ込んでくる。
(ま、待ってこれ不味いんじゃ)
逃げ場なんてない。そう思って覚悟したとき、ふわりと身体が浮いた。
「エトワール様少し失礼します」
ブライトの言葉は私が彼に抱き上げられた後放たれ、私は理解が追いつかず瞬きしていると、彼の詠唱によって風魔法が発動し、私はふわりと宙に舞い上がった。グランツは、ブライトの靡いていたコートの裾を握って一応魔法がかかっている状態だった。まあ、あり得ないけれど、グランツだったら壁を走りそうだなあとも思った。
だが、ブライトは魔法をかけ忘れたのか、それとも間に合わなかったのか、神父は何処を見渡してもいなかった。下にはうじゃうじゃと人の群れがあり、私達に向かって手を伸ばしているものもいた。さすがに、乗り上げて私達を地に引き釣り落とすなんて事出来ないだろうけど。
「ブライト、神父は?」
「…………間に合いませんでした」
彼は苦々しそうに、悩んだ末の決断みたいな顔をして言うので、その言葉があまり信用ならなかったが、下を見てそう言った。あの群れの中に神父がいるのだろうかと。
ゾンビもどきはお互いを傷つけあい、押しのけ合って何やら貪っていた。その中心にいるのが神父かも知れないと思うと、吐き気がこみ上げてくる。
「エトワール様、見なくてもいいです」
「グランツ……」
「当然の報いではないですか? エトワール様は、相変わらず優しいんですね……そこが、貴方のいいところだと、俺は思いますけど」
と、グランツは譫言のように言って下を見た。彼の瞳には光が灯っていない。磨りガラスのようなその翡翠の瞳で、ただただ事実を受け止めているだけ、記録しているだけだった。
少し無情だと思ってしまったのは、絶対に口にしないが。
(でも、何か変……まだ、何か見落としているような……)
かすかにした魔力はいっそその匂いを濃くしていった気がした。私のよく知っている魔力。ブライトは、自分の父親の可能性も考えたが、これはきっとその人の魔力ではないだろうと思った。陰湿な闇魔法。面白がって力を貸しそうな相手……そんなの一人しか、思い浮かばなかった。何処まで「彼」が関与しているかは分からないけれど、それでも何処かでこの状況を楽しんでいるのだろう。神父などただの駒に過ぎないと。
「……ラヴァインの魔力」
「え、エトワール様?」
「あの人達、洗脳された人達から感じた魔力は、ラヴァインの……ラヴァイン・レイの魔力とそっくり。彼はここにいないだろうけど、何処かで監視してるのかも知れない。でも……」
だとしても遠隔でここまでしっかりと操れるのは無理があると思った。彼に魔力があることは分かっているが、それでも足りないだろう。この人数じゃ。
そうして、私は考える。この間の北の洞くつでのこと。彼は、私を先に転移させた、その後彼はどうした?
(もしかしたら、あの後少しだけ魔法石を持っていって、それで魔力増大装置とか何か作ったんじゃない?)
それなら合点がいくと、自分の中で納得する。まあ、確認しようがないが、そうだったとしたら今回のことと辻褄が合うのだ。けれど、緊急クエストは神父と書いてあった、ラヴァインのではない。
そう考えていると、下から妙な気配を感じた。いつの日か感じたあの負の感情が渦巻く何か。
「……ぇ?」
その気に耐えられず、私が下を見ると、先ほどまで人の形を保っていた者達が、新婦も含め、赤黒いドロドロとした液体となって溶け一つになろうとしていたのだ。まるで、地獄の鍋に入れられたように。
「嘘……でしょ?」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!