正直、胃が痛かった。
四日で城井坂麗花が知っている情報を掴まなければいけない。
俺は俳優でもなければ潜入捜査官でもないいっての!
そもそも、恋人が他の女と食事して機嫌を取るなんて、嫌がるだろ。
咲が、俺が麗花さんと会うことを嫌がらないことが、何よりも腹立たしかった。
「ご馳走様でした。今日も美味しかったし楽しかったです」
デザートのカタラーナを食べながら、麗花さんが微笑んだ。
「喜んでもらえて良かった」と、俺は言った。
つーか! 麗花さんは本当に情報を持ってるのかよ?
カタラーナが少しずつ皿から消えていく。
今日も収穫なしでは、金曜日に目の前のお嬢様を婚約者としてエスコートしなければならなくなる。
俺は焦っていた。
昼間の充兄さんからの電話も、さらに俺を焦らせた。
宮内が咲に直接アプローチしてきた。
俺がお嬢様から情報を得られなければ、咲が宮内の懐に飛び込むかもしれない——。
落ち着け、まずはお嬢様がどの程度の情報を持っているかを確かめなければ!
「麗花さん、金曜のパーティーのことはご存知ですよね?」
滑り込みセーフで、皿が空になる一歩手前で話を切り出した。
「はい。婚約を発表すると聞いています」と言って、麗花さんは最後の一口をフォークで刺した。
「麗花さん、この婚約をどうお考えですか?」
「え……?」
「僕たちの結婚が、いわゆる政略結婚なのはご承知でしょう? あなたはまだお若いし、数回食事をしただけの相手に嫁ぐなんて、時代錯誤も甚だしいとは思いませんか? あなたが犠牲になる必要は——」
「蒼さん」と、俺の言葉を遮って、麗花さんはフォークを置いた。
「私は相手があなたで良かったと思っています。それに、そちらには選択の余地はないですよね?」
『そちら』とはつまり、T&Nグループのことだ。
「蒼さん。T&Nグループと城井坂マネジメントが手を組めば、吸収されたがる企業が何社あるでしょうね?」
このお嬢様……。
「私は犠牲になるなんて思っていません。だって、日本屈指のグループ企業の会長夫人になれるんですもの。任期の短いファーストレディより名誉ですわ」
とんだ食わせ物だ——!
「手を組むのは、あくまでT&Nフィナンシャルですが?」
「あなたはそれで満足ですか?」
俺は、デザートの皿を下げに来たウェイターに、コーヒーと紅茶を注文した。
「どういう意味です?」
「経営者一族といえども、三男ではトップには立てないでしょう?」
ハッとした。
テーブルクロスの下で、俺の脛がくすぐられた。麗花さんは顔色を変えずに、爪先を上下に動かす。
驚くほど、何も感じなかった。
男なら、若くて美人のお嬢様にこんな誘われ方をしたら、有頂天になるのだろう。けれど、俺は嫌悪感に鳥肌が立っても、全く興奮出来なかった。
「私が……、あなたをトップに立たせて差し上げます」
トップに……ねぇ……。
企業のトップには立てても、彼女の上では勃てる気がしなかった。
これが咲なら……。
ふっとそんな想像をした瞬間、股間に違和感を覚えた。
俺……、どれだけ咲に惚れてんだよ——。
お嬢様に気付かれないように、俺は足を組んで誤魔化した。
ちょうど、コーヒーと紅茶が運ばれてきて、麗花さんの足が離れた。
「魅力的なお話ですね」と、俺はカップを持って言った。
「あなたほどではありませんけど」
喰われる前に帰る!
俺は熱いコーヒーを無理に喉に流した。
「次にお会い出来るのは、パーティーかしら?」
麗花さんがカップを片手に微笑む。
それじゃ、遅い……。
もうっ! どうにでもなれっっっ!
「パーティー用のドレスをプレゼントさせていただきたいのですが、明日か明後日にお会いできませんか?」
「嬉しい! お店はお決まりですか?」
麗花さんの表情が、一転した。澄ました微笑みではなく、子供がはしゃいでいる時の笑顔。
俺、破産させられないかな——。
「いいえ。そういったことには疎いものですから、麗花さんにお任せしますよ?」
「でしたら、初めてお会いしたクイーンズホテルの近くに好きなお店があるので、予約してよろしいですか? 明日はエステの予約を入れてしまったので、明後日にしましょう!」
はぁ……。
俺は心ではため息をつきながら、彼女に笑顔を向けた。
「お願いします。じゃあ、その後でクイーンズホテルで食事にしましょうか。そちらは僕が予約しておきますよ」
「ありがとうございます。あのホテルのお食事、とっても美味しいんですって! それから……」
再び、麗花さんの爪先が俺の足を撫で始めた。脛から膝、太ももへと上がってくる。
「最上階のスイートルームからの眺めがとても美しいんですって——」
ヤバい……。
俺、ホントに喰われるかも——。
けれど、これはチャンスだ!
「では、スイートルームも予約しておきましょう」
俺は麗花さんの誘いに応じ、彼女の足に自分の足を摺り寄せた。
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