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第13話:虫たちが記憶する歌
都市樹の北側、“苔記帯(たいきたい)”。

湿度の高い枝が重なり合うこの区域には、命令を伝える虫たちの孵化地が点在している。

中でも“記憶虫(ソウメイムシ)”と呼ばれる虫は、命令歌に含まれる感情や共鳴まで記録する能力を持つとされている。




この日、ルフォとシエナは苔記帯の調査任務を任された。

命令に反応しない都市の兆候が、虫の側に何らかの変化を及ぼしている可能性がある――

それが、都市中枢の読みだった。




シエナのミント色の羽は、湿った空気で重く沈み、

尾羽は苔の滴を反射して、ゆるく光を放っていた。

その肩には、いつものようにウタコクシがとまっている。


ルフォの金の羽も水を吸い、わずかに暗く鈍っていた。

それでも、彼はまっすぐ枝の奥へと進んでいく。




「ここだ」


彼が声を落とすと、

その先には、びっしりと苔に覆われた一本の太い枝があった。

枝の節に開いた小さな穴から、青白い記憶虫たちがゆっくりと顔を出す。


彼らは、静かだった。

いつもなら命令歌に反応し、羽音や匂いで答えるはずの彼らが、

まるで歌を聴くのをやめたかのように動かない。




「……都市が歌を拒むんじゃなくて、

 “歌われすぎた都市に、虫たちが疲れた”のかもしれないな」


ルフォがつぶやいた。

命令に忠実な虫たち。

けれど、記憶虫は、命令だけでなく“その歌われ方”も記録していた。


無理に繰り返された命令。

意図なき声の響き。

怒り、支配、焦り、嘘。


それらを蓄積しすぎた虫たちの中に、反応しない“沈黙”が芽生えていたのだ。




そのとき、ウタコクシが震えた。

シエナの背で、小さな音を響かせる。


音でもなく、命令でもなく、

ただそこにある感覚だけの“断片”。


すると、一匹の記憶虫が、

ゆっくりと、シエナに向かって近づいてきた。




彼女の尾羽がわずかに光を返す。

その光に、虫は小さく翼をひらいた。


――そして、その翅から、かすれた旋律が漏れた。


それは記録でもなく、模倣でもない。

**記憶された“昔の誰かの歌”**だった。




「……これは……」


ルフォが息を呑む。

それは古代歌ではなかった。

しかし、今の詠唱士たちが使う命令歌とは明らかに違う、

**“感じられる音”**だった。


記憶虫たちは、命令を記録するだけではなかった。

“命令の気持ち”を残していた。


そして、

**「この音は温かかった」「この声は誠実だった」**と、

そうやって、歌われた側の記憶を守っていた。




シエナが、その旋律に反射光で応えると、

記憶虫たちは一斉に、その音を少しずつ変化させて返した。


それは、共鳴。

都市を動かす命令ではなく、

ただ、そこにいた誰かのことを覚えている、という“感覚の記録”だった。




「……命令じゃない、“記憶の歌”が、ここにはあるんだな」


ルフォの尾羽が、ゆるく震えた。

その振動に、青白い虫たちが光を返して、そっと沈黙へと戻っていく。




都市は忘れても、虫たちは忘れていない。



奏樹―命を歌うものたち―

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