テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#異世界
眠狂四郎
1,575
柊遊馬
5,227
#感動ファンタジー
「諸君――私がバルカである。」
捕虜たちの前に立った男は、静かに口を開いた。
「諸君たちの戦いは、実に見事だった。」
その声に驕りはない。ただ勝者としての揺るぎない自信だけがあった。
「だが、勝利の神は今回も我らに味方した。」
捕虜たちは固唾をのんで、その姿を見つめる。
「私の目的は、グランの支配から諸君たちを解放することだ。」
「私は諸君たちを殺しはしない。」
「奴隷にもしない。捕虜として身代金を要求することもない。」
バルカはゆっくりと捕虜たちを見渡した。
「解放しよう。故郷へ帰るがよい。」
「そして、また会おう。」
「共にグランの支配から世界を解放するために。」
静まり返った陣営に、その言葉だけが響いた。
バンデットは、同じくカンナルの戦いで捕虜となった仲間たちとともに、
その男を見上げていた。
同盟諸都市軍として参戦した彼は、重傷を負い、捕虜となっていたのである。
「あれが……バルカか。」
目の前に立つ男は、人々から”魔人”と恐れられる存在だった。
口では解放を唱えながら、各地を略奪し、グランへ反旗を翻す男。
その名は、今や子どもですら知っている。
そして今、その魔人はカンパルニア平原へ軍を進めようとしていた。
その先にあるのは――。
バンデットの故郷、ノーラだった。
出立の日――。
解放される捕虜たち百名足らずが、一列に並べられた。
その前には、バルカが立っている。
副官が耳元で一人ひとりの名と戦歴を囁くたび、バルカは小さく頷き、
労いの言葉とともに贈り物を手渡していった。
やがて、バンデットの番が来る。
副官が耳打ちすると、バルカは穏やかな笑みを浮かべた。
「傷は癒えたか。」
低く落ち着いた声だった。
「君のような豪傑を、次は敵として迎えねばならんと思うと惜しいものだ。」
そう言って右手を差し出す。
バンデットは一瞬ためらいながらも、その手を握り返した。
固く力強い手だった。
続いて手渡されたのは、旅路のための贈り物。
目の前の隻眼の男は、戦場で見せた鬼神のような姿とはまるで違っていた。
人懐っこく笑うその表情からは、”魔人”の面影さえ感じられない。
バンデットは胸に渦巻く複雑な思いを押し殺し、ただ黙って頭を下げた。
「ノーラへ行ってもらいたい。」
ファービーは、子どもに使いを頼むかのような気軽さで言った。
「いいよ。」
マルスは二つ返事で頷く。
その頃、ファービーはマエクスとともに王国中を奔走していた。
カンナルの大敗により、グラン軍は壊滅状態にあった。
わずかに残った兵を各地へ配置し、同盟諸都市の離反を防がなければならない。
兵力は足りない。
時間はもっと足りない。
その中でマルスへ託されたのは、第十三独立部隊だった。
装備すら満足に行き渡らない敗残兵。
罪を償うため戦場へ送られた奴隷兵。
寄せ集めの兵たちは、どこか異様な空気をまとっていた。
まともな将なら、誰も率いたがらない部隊である。
「軍の調子はどうだい?」
ファービーが尋ねる。
「絶好調ですよ。」
マルスは迷いなく親指を立てて笑った。
その屈託のない笑顔に、ファービーは思わず苦笑する。
(やはり、この男に頼んで正解だったか。)
絶望しかない戦況の中で、マルスだけは明日も勝てると信じているようだった。
その頃――。
ノーラの街は、目に見えぬ戦場と化していた。
表向きは誰もがグランへの忠誠を口にする。
だが、その裏では密かにバルカへ金銭を送り、使者を走らせる者が後を絶たない。
グラン派とバルカ派は互いを探り合い、
陰謀が巡り、
裏切りが繰り返され、
密告が日常となっていた。
昨日まで杯を交わした友が、今日には敵となる。
誰を信じ、誰を疑えばよいのか。
街全体が疑心暗鬼に包まれていた。
そんな混乱の中――。
一人の男が故郷へ帰ってくる。
カンナルの戦いで捕虜となり、バルカ自らの手で解放された男。
バンデットである。
バンデットは、この街を代表する有力貴族の息子だった。
帰郷した彼を待っていたのは、父からの一言だった。
「街は二つに割れている。」
人々は笑顔で言葉を交わしながら、その目は互いを探っている。
誰がグラン派で、誰がバルカ派なのか。
不用意な一言が命取りになる。
街は疑心暗鬼に支配されていた。
そんな中、一つの報せがノーラを駆け巡る。
「グラン軍が来るぞ!」
その一報は、街中を震撼させた。
市民たちは重大な決断を迫られる。
城門を開き、グラン軍を迎え入れるのか。
それとも城門を閉ざし、バルカへ援軍を求めるのか。
どちらを選んでも、もう後戻りはできない。
ノーラは今まさに、運命の岐路に立たされていた。
「俺が行こう。」
街の有力者たちが集まる評議の場で、バンデットは静かに口を開いた。
居並ぶ者たちの視線が、一斉に彼へ向けられる。
「知ってのとおり、グラン軍は先の戦いで大敗した。」
「本当に、この街を守る気があるのか。」
「守る力が残っているのか。」
誰も答えられない。
沈黙が部屋を支配する。
やがてバンデットは続けた。
「俺が見てこよう。」
「グラン軍が、この街を託せる相手かどうかを。」
有力者の一人が身を乗り出す。
「もし頼りにならなかったら?」
バンデットは迷うことなく答えた。
「合図を送る。」
「その時は――。」
一拍置き、静かに言い放つ。
「バルカにつこう。」
その一言に、誰も異を唱えなかった。
今のノーラにとって忠誠より重いものは、街の存亡だった。
コメント
1件
第61話「天秤の街」、読みごたえがありました。まずバルカの“魔人”という異名と、捕虜を解放する振る舞いのギャップがすごく気になります。あの穏やかな笑顔の裏に何があるんだろう。バンデットの立場も複雑で、敵に解放された男が故郷で「グラン軍を見極める」役を引き受ける流れ、緊張感がじわじわ伝わってきました。ノーラの街全体が疑心暗鬼に包まれている描写も、戦後の生々しさが出ていて好きです。次、どう動くのか気になる終わり方でした!