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第12話「深層のうたを、まだ覚えてる」
登場人物:ルナ=シガ(潮属性・2年)
その日、潮属性2年のルナ=シガは水草水槽の前で立ち止まっていた。
灰緑のショートボブ、うっすら焼けた頬に丸いイヤーシェルのピアス。
制服の袖から見える手首は、細く、でも堅い。
「また……聞こえる」
水槽から、微かな音が響いていた。
“音”といっても、誰にも聞こえない。
ルナだけが、**かつて深層試験の最中に聴いた波音の“記憶”**として、それを覚えていた。
■回想(1年前)
深層試験——
それは自分自身の「波域」の最深層に潜り、まだ見ぬ“ゆらぎ”に直面する試験。
うまく向き合えば“変質”の可能性が拓けるが、逃げれば“共鳴異常”や“逆流”が起きることもある。
ルナはかつて、その試験で**「深層のうた」**を聴いた。
──静かに深く、しずくのように沈む音。
あのとき、彼女は恐れて逃げた。
「私は変わる資格がない」
「深いところで“何か”が自分を拒んでる」
以降、ルナは「変質未遂」とされていた。
だが、彼女は今もその音だけは忘れていなかった。
■現在
校舎裏の海辺にある**“波域の浜”**。
静かな干潟の音を聴きながら、ルナは手帳にこう記す。
《深層のうたを、まだ覚えてる。
あれは、わたしの拒絶じゃない。
まだ、言葉になってないだけ。》
放課後、偶然通りかかったシオ=コショー先生に、そのことを話す。
非常勤で滅多に見かけないはずの先生が、なぜか掃除道具を持ってそこにいた。
「潮の音ってね、戻ってくるんだよ」
「一度潜って、また聞けたなら、それは“逃げた”んじゃなくて、“生きて帰ってきた”ってこと」
その夜、ルナはもう一度、深層記録を再生する。
音の残響をなぞるように、少しだけ深く沈んでみる。
そこには、前よりも穏やかな“自分のうた”が、確かに波の底にあった。
「私はまだ変質してない。
でも、まだ変わりたくないわけじゃない。
私はただ、深い海に、歌い返すタイミングを探してる」