テラーノベル
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※戦争描写あり
※流血描写あり
今夜は曇り。窓から空を見上げても星や月は雲に覆い隠されている。ハーロルトは安堵しながらカーテンを閉めた。光の見えない夜は、彼にとって休息の時間だ。ベッドに寝転び、ふと昔のことを考える。薄れゆく意識の中、彼は何かを思い出していた。
──────────
彼が産まれたギッター家は、国内でも名門と呼ばれる家系だった。彼らが率いる“ギッター党”は、代々政治の中心を担い、今もなお国を動かす存在として絶大な影響力を持っている。彼らが目指す国とは、身分制度を続け、全ての身分の者が仕事を全うする国。そのギッター党当主こそ、ハーロルトの父、クラウス・ギッターだ。
そんな家系に産まれたハーロルトには3つ上の兄がいる。幼い頃から社交性に富み、人々を導く器を持つと評されている。父親は、次期当主である長男に大きな期待をかけていた。彼もその期待を一身に受け、ギッター家の名に相応しい人物となることを目指した。
一方で次男のハーロルトは少し大人しい子供だった。決して出来が悪いわけではない。むしろ聡明で、観察力にも優れている。そして、常に他者を思いやり、困っている人には迷わず手を差し伸べるほど優しい心の持ち主だった。ただ、使用人の仕事までも手助けするハーロルトのことを父親は良く思っていなかった。
「使用人には使用人としての仕事がある。彼らの仕事を我々が奪ってはいけない。」
しかしハーロルトは構わず手助けを続けた。父親の言い分に納得できていなかったのだろう。そんなハーロルトを認めてくれた者こそが兄である。
「まあまあ、少しくらい良いではありませんか。ハーロルトはまだ幼いのです。いつか父様の言葉の意味が分かる時が来ますよ。」
人々を導く力を持つ長男と、人々を支える力を持つ次男。
2人の兄弟仲も決して悪くはなく、今後数十年間はギッター党が政権を握り続けるだろう。
そう思われていた。
最近国民からの支持を集めているのが、ルーケ家率いるルーケ党。主に支持しているのは、所謂平民や貧民である。彼らが目指す国は、身分制度を撤廃し、誰しもが平等に仕事を得て、誰しもが平等に生きられる国。
ギッター党の公約と似ているようで大きく異なる。
ギッター党とルーケ党。相反する理念は、やがて国全体を巻き込む大騒動となっていく。当初は政治的な論争に留まっていたが、人々の間には徐々に確執が生まれ始めていた。
「身分制度は維持していくべきだ。」
「平等に生きる世界こそ素晴らしい未来に繋がる。」
国民の分断は確実に進行していた。
ある日、屋敷内に一発の銃声が轟いた。
ルーケ党の過激派が父親を襲撃したのだ。幸いにも銃弾は左腕を掠めただけで命に支障はなかった。
この事件に父は怒りをあらわにする。
「アイツらは愚かだ。私を殺せばルーケ党が政権を得ると本気で考えているのか?」
「父様、落ち着いてください……。」
「落ち着いていられるか!暴力に訴えてきたんだぞ!?また襲撃されるのも時間の問題……。」
父親は眉をひそめ、しばし考え込むような表情をした。そして、何かを決意したように顔を上げる。
「兵士を集めろ。」
その一言はあまりにも衝撃的だった。彼の言葉は武力での抵抗を意味している。
「考え直してください。兵を動かしたらもう後には引けませんよ?」
「兄様の言う通りです。まずは話し合いを──」
「話し合いをしても意味はない。先にそう証明したのはルーケ党じゃないか。」
父の言葉に反論できなかった。いや、反論しても無駄だと悟ったのかもしれない。この国において正しいのは父の言葉なのだから。
そして都市で鳴り響く爆発音によって、国は2つへと裂けた。
内戦が始まって3年。ルーケ党による暗殺未遂が原因か、はたまたギッター党による徴兵が原因か。もうそんなことはどうでもよかった。相手が悪、己が善。互いにそう信じ、銃を掲げた。
長男の兄は屋敷に残り、全体の指揮を担っていた。戦況確認、徴兵、物資の手配。
そして次男のハーロルトは、戦場に赴き指揮を執った。武器を手にするなど初めての経験である。
これらは、それぞれの能力を加味しての配置ではない。長男は屋敷に。次男は戦場に。ただそれだけのことで決められていた。
赤く染まった都市、倒れた兵士たちの姿、焼け焦げた家屋。目を背けたくなる光景ばかりだった。
いくら鍛えられた兵士がいようとも、力任せに特攻しても意味はない。ハーロルトはそれを十分に理解していた。戦況を読み、確実に兵を動かす。地形、風向き、遮蔽物、敵の配置、味方の士気……。戦場のすべてを観察し、勝ち筋を見出していく。幸か不幸か、彼はこの才能に長けていた。
「ルーケ党の勢力が徐々に弱まってきました。ハーロルト隊長がいてくださったおかげです!」
伝令兵は顔を紅潮させながら報告した。戦いに勝ち続けていることへの安堵感と、ハーロルトへの尊敬が入り混じった表情だった。
「そうか……。」
小さくそう呟いた。
勝利の報告は、いつだって重く響く。燃やした田畑はどれくらいあるのだろう。放った銃弾はどれくらいあるのだろう。勝利の裏で朽ちた人間はどれくらいいるのだろう。吹き荒れる風は煙と血の匂いを運び、どこかの村で焼け落ちる屋根が夜空を赤く照らす。生まれ育った国は、もう彼らの知る姿ではない。
ハーロルトは地図を睨みつけていた。指先はすっかり冷え切っており、紙の端が震えている。
「……ここを落とせば補給路は完全に断たれる。」
足元の泥は凍り、踏みしめるたびにザクリと音を立てた。ふと遠くを見ると、光が見える。いや、燃えている。敵が拠点にしていた村だ。
あの村を制圧しろ。
昨日の自分が出した命令。その一言が敵味方問わず何十人もの命を奪った。
「戦を終わらせるためにはやるしかなかったんだ。」
誰かに言い聞かせるようなその言葉は、焚き火の弾ける音に消えていった。
しばらくして、野営地に張られた幕の中で彼は地図を再び開く。兄から次の動きが迫っているという電報が来ていた。ギッター党の司令部は、ルーケ党の主要拠点を一斉に叩き、戦局を決定づける機会と見なしていた。補給路の断絶はその序章に過ぎない。数日の内に決戦が望まれている。ハーロルトはその意図を感じとった。
その夜、兵士たちは静かに酒を交わしていた。彼らは笑い、寒さを忘れようと冗談を飛ばす。ハーロルトはそんな彼らの姿を見て、ふと子供の頃の風景を思い出した。父が庭で植えていた小さな苗、兄と読んだ絵本、使用人の笑い声。戦が来る前の景色は、あまりにも遠く感じられた。彼は夢想を振り切り、再び地図に目を落とす。そこには、相手の陣形、地形の起伏、補給線の細かな脈絡が線で示されていた。指揮官としての彼は冷静だ。だが人間としての彼は、心のどこかで終わりを願っている。
数日後、決戦は幕を開ける。両軍は朝霧の中、平原で対峙した。天は重く鉛色で、風が冷たく肌を刺した。ハーロルトは自軍の陣頭に立ち、兵士たちの顔を一つ一つ確かめる。彼らの瞳は決意に満ちているようであった。戦いの先に何があるのか、誰も確かめられないというのに。
号砲が鳴り、戦列が動いた。剣と銃、爆煙が入り混じる戦場で人影がうごめく。ハーロルトは冷静に隊を指揮し、敵の側翼を突く。彼の読み通りに敵は崩れ、要所が次々と陥落していった。だが勝利の代償は大きい。前線からは峻烈な号令が飛び、若い兵士たちが斃れた。血の匂いはさらに濃くなり、土は赤く染まる。
太陽が沈みきると同時に、戦場は静まり返った。争いは終わったのだ。ギッター党は決定的な一手を打ち、敵の主力を打ち破ったと伝えられた。喜びに溢れる者、涙を零す者。感情は様々だった。
ハーロルトはその場に座り込み、ゆっくりと夜空を見上げた。空には無数の星が輝いている。
それが、ひどく恐ろしく感じられた。
コメント
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こ……こんな凄惨な過去があったとは…………… 今までの点と点が私の中で繋がりかけている…