テラーノベル
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日が昇る少し前、ハーロルトは飛び起きた。まるで何かに襲われているような感覚。背中には汗が滲み、息が荒い。寝具を握りしめた手には、まだ戦場の感触が残っていた。冷たい鉄の匂い。焼け焦げた大地の色。あの夜の星々が、瞼の裏に焼きついて離れない。額を押さえながら、彼はゆっくりと息を整えた。「……夢だ。」
夢の中での戦は終わらない。叫び声と銃声が、永遠の反響のように続いている。どれほど時が経とうと、彼の中の戦場は沈黙を知らなかった。
外では、鳥の声がかすかに聞こえる。夜と朝の境目、世界がまだ夢と現実の間を漂っている時間だった。ハーロルトは窓を開け、冷たい風を吸い込む。肺の奥が痛むように冷え、目が覚める。
洗面台の水で顔を洗った。冷たい水滴が皮膚を伝い、ようやく今に戻ってきたような気がする。
日が昇ってしばらくした頃、ハーロルトは食堂へ向かった。焼きたてのパンと温かなスープの香りが鼻をくすぐる。
「おはようございます、ハーロルト様。今日はお早いですね。」
使用人はにこやかに挨拶をすると、再び厨房へと戻った。ハーロルトは席につき、朝食を待つ。ふと、レイラのことが頭によぎった。この時間はもう起きているはずなのに、彼女の姿は見当たらない。ハーロルトは静かに席を立ち、階段を上がった。
廊下の先、淡い光の漏れる扉。レイラの部屋だ。優しく扉を叩く。
「レイラ嬢、起きているか?」
しばらく返事はなかった。
「……入るぞ。」
部屋に入ると、カーテンの隙間から淡い朝の光が差し込んでいる。その光の下で、レイラは机に突っ伏したまま穏やかに眠っていた。頬には紙の跡がつき、指先には筆が握られている。机の上には乾きかけた絵の具と、何枚ものスケッチが散らばっていた。
ハーロルトはそっと覗き込む。机の中央に置かれた一枚の絵が、目に留まった。澄み渡る青空。それを反射する大きな湖。美しい絵だった。光を透かすような淡い青。その奥に滲むような白。まるで、どこまでも届く希望のような空。
「これは……。」
思わず呟く。空の青が、かつての戦場の煙を溶かしていくように見えた。そのあまりの穏やかさに、胸の奥が少し痛んだ。レイラが小さく寝返りを打ち、かすれた声で呟く。
「……ハーロルト……さま……?」
「起こしてしまったか。」
レイラはゆっくりと顔を上げた。
「すみません、こんなはしたない格好で……。」
「気にするな。」
レイラは机の上のスケッチを見つめた。絵の具の匂いと朝の冷気が混ざり、部屋の中に静けさを満たしている。
「この絵……見られてしまいましたか?」
「すまない。あまりに綺麗だったものでな。」
「……綺麗、ですか?」
「レイラ嬢は、ここからの景色がこんなにも美しく見えているんだな。」
レイラは嬉しそうに微笑む。その瞬間、部屋の扉が軽くノックされる。使用人が顔を覗かせた。
「失礼いたします、朝食の準備ができました。」
ハーロルトは微かに頷き、そっとレイラに視線を戻した。
「行こう、レイラ嬢。朝食の時間だ。」
レイラは少し照れくさそうに笑い、筆を机の端に置く。手に残る微かな絵の具の匂いが、まだ夢の余韻のように漂っていた。
コメント
2件
ちょっと良い感じなんちゃいますのん!!? もう付き合っちゃえよ! マジでこのまま何も起こるな