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百鬼清風
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#イケメン
高遠すばる
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#初小説
鬼卍。
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「アーサー君、少しいいかね」
「はい、公爵閣下」
アーサーは足を止めた。今は娘の友人をもてなす気さくな父親だが、リチャードは宰相であると同時に、国王直属の勅命騎士の一人でもある。
火と水を組み合わせた上位複合魔法、スチームエクスプロージョン。その使い手だ。水を火の魔法で一気に熱し、高温の蒸気を爆発させる。千七百倍になった水蒸気で周囲を吹き飛ばす危険な範囲魔法だ。
アーサーはその力を知っている。リチャードも、アーサーが自分と同じ勅命騎士であることを承知していた。
しかし、ここは祝宴の席だ。アーサーは任務に関する言葉を避け、改めて招待への礼を述べた。
「今夜は、妹も大変喜んでおります」
「それはよかった。アリスも、皆が来ると決まってから随分楽しみにしていたよ」
リチャードは広間の方を確かめ、アーサーの耳元へ口を寄せた。
「うちの娘を嫁にどうだ?」
「公爵閣下」
アーサーは返答に詰まった。魔法や任務についての話なら答えられたが、娘との結婚を勧められるとは思わなかった。
「娘と仲良くしてくれているだろう。私は君なら歓迎する」
「アリスさんには、妹ともどもお世話になっております。ですが、そのお話は急には」
「では、今夜は一緒に踊ってやってくれ。最初の一曲をな」
結婚の話からダンスへ変わると、断る理由を口にしにくかった。返事を考えている間に、リチャードは広間へ歩き出した。
アーサーもその後に続いたが、縁談への答えをしたわけではなかった。
アリス様と広間へ戻ると、楽団の人達が演奏を始めるところだった。
食堂よりも広い部屋の中央には、踊るための場所が空けられている。壁際には椅子が並び、その向こうでバイオリンの奏者達が弓を構えた。
「アリス、最初はアーサー君と踊りなさい」
公爵の言葉に、アリス様が立ち止まった。
「ちょっと、お父様。勝手に決めないでよ」
「今日の祝いにふさわしい二人だろう。アーサー君、娘を頼むよ」
「もう、そうやって押しつけたら、アーサー君が断れないでしょ」
アリス様は公爵へ言い返したが、私の隣から動こうとはしなかった。お兄様が近づくと、言葉を止めてドレスの裾を整えた。
お兄様が私達の前へ来た。いつものように私へ手を差し出してくださると思ったのに、その手はアリス様へ向けられた。
「アリス、一曲ご一緒していただけますか」
いつもならすぐに答えるアリス様が、お兄様を見たまま黙った。頬が赤い。
「無理しなくていいからね。お父様、すぐにこういうことを言うんだから」
「無理ではありません。リチャード公爵から頼まれた以上、エスコートさせていただきます」
アリス様は一度公爵の方を見て、すぐにお兄様へ向き直った。
「……本当に?」
「はい」
「じゃあ、お願い。足、踏まないでね」
「気をつけます」
アリス様はお兄様の手に、そっと自分の手を重ねた。青いドレスに銀糸の花が光っている。頬を染めたアリス様は、玄関で得意げに私達を迎えた時より、ずっと可愛らしく見えた。
「私も、ちゃんと合わせるから」
さっきまで公爵に抗議していた時より、ずっと小さな声だった。お兄様が微笑むと、アリス様は照れ笑いを浮かべた。
あれ。お屋敷を案内してくれた時は、あんなに得意そうだったのに。
嫌なら、アリス様ははっきり断る方だ。なのに、お兄様の手を取ってからは一度も公爵へ文句を言わない。それより、お兄様が、いつもどおり微笑んでいることに、少し腹が立ってしまう。
公爵が満足そうに頷き、二人が広間の中央へ進む。
私は壁際に立ったまま、その姿を見送った。
お兄様がアリス様の腰へ手を添える。アリス様もお兄様の肩に手を置いた。演奏に合わせて二人が動き始めると、青いドレスの裾が大きく広がった。
「二人とも上手だね」
隣でジュリアン会長がおっしゃったので、私は頷いた。
「ええ。素敵ですわ」
ちゃんと笑って答えられた。声も普段どおりと思っていたが、ジュリアン会長は少し心配そうに私を見返した。どうやら、やや声に力が入っていたようだ。
でも、ファーストダンスは私でしょう。王太子殿下のいない時は、いつも私と踊っていたのだから、今日だって私でいいではないか。公爵も公爵だ。娘と踊ってほしいなら、二曲目からにしてくれればいいのに。
「……」
アリス様が何か言い、お兄様が笑った。演奏のために言葉までは聞こえない。
あ、また笑った。
踊ってくれとは言われたけれど、そんなに楽しそうにしろとは言われていないはずだ。お兄様は頼まれたことを丁寧にやりすぎる。
曲はまだ終わらなかった。長い。さっきも同じところを弾いていなかった? もうそこは一度聴いたから、終わっていいのに。なんでわざわざ、ロングバージョンにしているの?
私は二人から目を離さず、次にこちらへ回ってくるのを待った。お兄様と目が合うと、何でもないように微笑んでみせた。だが、どうしても目尻に力が入ってピクピクさせてしまう。
曲が終わり、お兄様はアリス様に礼をして、私のところへ戻ってきた。アリス様は公爵に呼ばれ、広間の反対側へ向かっている。
「待たせたな、マチルダ」
「いいえ。大変楽しそうでしたね」
私はドレスの裾の下で右足を出し、お兄様の右足を踏んだ。そのまま火の魔法で、靴越しに足の甲へ熱を送る。
「熱っ」
お兄様が足を引いたので、すぐに魔法をやめた。ふん。これで少しは私を怒らせたことが分かっただろう。
「……火傷するぞ」
「軽いものでしょう。踊れなくなるほどではありませんわ」
「踊るつもりはあるんだな」
「今はそのお話をしておりません」
お兄様は右足を床へ下ろし、私を見た。
「アリス様は、この学園では殿下に次ぐお身分ですものね。あれほどお美しくて、魔法にも優れていらっしゃる。皆様がエルデン王立魔法学園の女王とお呼びになるのも、当然ですわ」
「マチルダ」
「お兄様にはお似合いですわね」
私は笑顔を崩さずに言った。アリス様は好きだ。美しいし、優しいし、一緒にいると楽しい。でも、お兄様とのファーストダンスは私のものなのだ。王太子殿下に婚約破棄された以上は、そうあるべきだ。今そう決めた。
「すまない。最初にお前を誘えばよかった」
「謝られることは何もありません。リチャード公爵の頼みですから」
「だが、待たせてしまった」
「私はここで演奏を聴いておりました。どうぞ、お気になさらず」
気にしてほしい。そこは言われたとおりにしなくていい。
お兄様は困ったように私を見て、もう一度謝った。
「悪かった。次は、俺と踊ってくれるか」
「アリス様をお誘いになればよろしいのでは?」
「マチルダと踊りたいんだ」
差し出された手を、私はすぐには取らなかった。そんな一言で機嫌が直ると思ったら大間違いだ。
お兄様が手を下げかけたので、慌ててつかんだ。まだ断っていないでしょう。
「一曲だけです」
「ありがとう」
そのままお兄様と広間の中央へ進んだ。次の演奏が始まる。
お兄様は私に歩幅を合わせてくれた。子供の頃から何度も一緒に踊っている。足を踏まないように踊ることなど、私には簡単だった。
「痛っ」
「失礼しました。お兄様」
一度目は、ゆっくり足を上げた。お兄様が何か言おうとしたので、私はにっこりと微笑んだ。
「次は気をつけます」
回る時に、もう一度踏んだ。今度はお兄様が息を詰めたが、私の手は離さなかった。
「今、気をつけると言わなかったか」
「ダンスは難しいですわね」
「お前は、俺より正確に踊れるだろう」
そうだ。だから、ちゃんと踏めるのだ。
お兄様は私の足元を確かめながら、次のステップを踏んだ。アリス様と踊った時は、もっと顔を見ていたくせに。今度は足ばかり気にするなんて、ますます面白くない。
「マチルダ、まだ怒っているのか」
「何のことでしょう」
最後に並んで足を揃えるところで、私は三度目を踏んだ。
お兄様は足を引きかけたが、私がよろけないように支えてくれた。そういうところは、やっぱりお兄様だ。少しだけ許してあげてもいい。少しだけなら。
曲が終わり、お兄様が私へ礼をした。私も丁寧にお辞儀を返す。
もう終わり? さっきの曲はあんなに長かったのに。
「ありがとうございました、お兄様」
お兄様が手を離そうとしたので、私は握り直した。
「一曲だけではなかったのか」
「お兄様が踊りたそうにしておられるので」
「……そうか」
お兄様は私と手をつないだまま、次の演奏を待ってくれた。今度は最初から、私を誘えばいいのだ。
「だから言ってるでしょ、お父様」
「ははは、これは余計なことをしてしまったかな」
アリスとリチャードは、その様子を見て言った。
レオポルドとジュリアンは、苦笑いしながら、アーサー兄妹のダンスを見守った。
コメント
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マチルダの嫉妬が可愛くて、でも切なくて…お兄様を踏むシーン、思わず笑っちゃいました。アリス様とのダンスも素敵だったけど、やっぱりマチルダの気持ちが痛いほど伝わってきました。次はどうなるんだろう、続きが気になります!