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男女の客が、優子に軽く頭を下げ、ブースから立ち去ろうとしている。
「あっ……あのっ……」
彼女は、咄嗟に声を掛けると、瑠衣と呼ばれた女性と、先生と呼ばれた男性が、こちらを振り向く。
優子は女性に、拓人の事を聞いてみようか、と一瞬考えてしまったけど、言葉を呑み込んだ。
女性は、澄んだ濃茶の瞳を、じっと優子に向けている。
この夫婦を包んでいる和やかな空気感に、わざわざ男の事を聞くまでもない。
恐らく目の前の女性も、拓人が亡くなった事は、報道か何かで知っているかもしれないし、男が願い続けた好きな女性の幸せは、叶っているのだから。
「まっ……またのご利用を……お待ちしてますっ」
優子は、精一杯の笑顔を咲き誇らせると、夫婦の客に微笑まれた。
遠ざかる二つの背中を見送りながら、彼女は嬉しさからなのか、ホッと息をつく。
「さて……私も頑張らないと…………」
優子は気持ちを切り替え、商品が少なくなってきたディスプレイに、補充作業を始めた。
『レザークラフト ゆう』のブースは、かなり盛況していた。
ブックカバーと栞は、セットで購入していく客が大半を占め、キーリングは、先ほど来店したような、夫婦やカップルの客層に売れていく。
ポシェット型のスマートフォンケースは、アラサー世代の女性に好評だった。
準備していた製品は次々と売れていき、マルシェ終了時刻の十分前には、ネイビーブルーの二つ折り財布だけが残った状態。
優子が、閉店の準備を始めた時、スマートフォンの着信音が鳴った。
画面に表示されたのは、知らない携帯電話の番号。
(誰だろう……? 迷惑電話の可能性もあるし……。まずは閉店の準備を進めなきゃ……)
売上金の計算をして、ブースに飾っておいた小さな看板やクロスを、キャリーケースにしまい込む。
閉店時刻ギリギリまで、ひとまず最後の一点でもある財布は、出したままにしておいた。
すると、再びスマートフォンが、違う音色で優子に着信を知らせる。
「っていうか……ホントに誰……?」
スマートフォンを手にした彼女が、画面に表示されているメッセージアプリ経由の着信の相手を見て、息を呑んだ。