テラーノベル
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依然としてまどろみ、虚ろな意識。しかし食事をとるとわずかに行動意欲が湧いてきた。とはいえ、まともにできたのは明日の仕事の準備だけ。皿洗いや洗濯は全て匡が引き受けてくれた。
「清心さん、お風呂沸かしました。ちょっとだけでも浸かってください」
「ありがとう」
匡が家事全般をやってくれる為つい甘えてしまう。風呂から上がると、彼はすぐに飲み物を持ってきてくれた。
時間は十時十分。けどいつかのように心は躍らない。むしろ胸には針が刺さる。
「あの……俺も、死んでます」
匡は清心が座るソファに、かなり端によって座った。いつもと同じ小さな声で、遠慮がちに呟く。
「記憶を失くしただけじゃない。意思のない人形みたいになったから病院へ連れていかれた。それでも原因は分からない。死んだ方がいいのかもしれないって思って、毎日ネットで死に方の検索をしてました。布団を大量に被って、朝には窒息死できないかって試したこともあります。死ねるわけないのに。あはは」
「お前も大変だなぁ……」
暗すぎる話は反応に困るけど、彼からしたら本当に苦しみ悩んだことだ。生きるか死ぬかの問題。だから軽率に笑い飛ばすことはできなかった。
「死ねないんですよね。死ぬときは本当に些細なことで死ぬのに、死にたいときは中々死ねない。そういう造りになってる。俺はこの世界から消えたかったけど、消えたのは記憶だけでした」
「全部忘れたら……楽かな」
「楽ですよ。でも、生きづらい」
匡は笑った。とても優しく、悲しそうな瞳で。
空っぽな青年がここに二人いる。
清心は匡の胸に寄りかかり、手を繋げた。
このまま一つになって、ドロドロに溶けてしまいたい。そんな無茶な願望が膨れ上がる。
一瞬が十年になってほしい。別に長生きがしたいわけじゃなくて、仕事に行きたくないだけだ。この夜だけ、とても長引いてほしい。
白露のことが気になる。
けど心が先に焼け爛れる。彼に会って、謝って、連れて帰りたい気持ちが灰になっていた。
それより今目の前にある情熱に絆される。
「清心さ……あっ」
明かりのない寝室へ移動し、二人はベッドに沈む。
快感にブレーキをかける背徳感。それを背負いながら味わう支配感。優越感。匡を下に組み伏せながら、清心は快楽に酔いしれた。
白露に対しても、また罪悪感を抱いている。彼は恋人とは言い難い関係だけど、やはり特別な存在だから。
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