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雪華

8 - 第8話 観覧車

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2024年05月07日

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僕たち2人を乗せてゴンドラはゆっくり上昇を始める。いつの間にか分厚い雲が出ていて、遠くの景色までは見渡せなくなっていた。向かいの席には春華が僕に背中を向けて乗っていて、窓から景色を楽しんでいるようだ。

「そっちの景色も見たいな。」

そう言うと春華は僕の隣に腰掛けた。頬にえくぼが浮かび、楽しげだ。近くで見ないとわからないが、かなりまつ毛が長く、とても可愛らしい。景色を眺めるその横顔に僕は見惚れてしまう。春華は窓の外の景色に夢中で僕に見られている事にも気がついていないようだった。僕は最近読んだ漫画を思い出す。ヒロインに恋心を抱く主人公が2人で観覧車に乗り、頂点で恋心を告げるのだ。結ばれた2人はそのまま手を繋いで歩いて行く。思い出せば思い出すほど、今の僕の状況と酷似していた。

「夏輝も一緒に景色見ようよ。」

不意に春華は言う。僕はゆっくり春華に近づいていく。

「ねえねえ、アレって学校かな?あ、アレは向日葵モールでしょ!」

春華の指さす先を目で追う。その先先での春華との思い出が蘇る。ずっと一緒に同じ病室ですごしてきた幼少期。難しい問題を解けなくて、一緒に頭を悩ませたあの時間。誕生日に交換しようとして2人で通った花屋。いつかこんな服着てみたいねって笑った向日葵モールでの一時。そして約束を果たせなかったこの観覧車。あれ、こんな事あったっけ?瞬間、頭に鈍い痛みがはしる。僕の中の危険信号が全力でアラートを鳴らしている。何か思い出してはいけないものを垣間見たような、そんな気がした。思考が鈍っていく。その時だった。

「……夏輝、顔色悪いけど大丈夫?」

春華の声がした。鈍い痛みで朦朧としていく頭の中、春華のまるで鈴のような声だけが凛として響いていた。頭に浮かんだ存在しない記憶に霞がかかっていく。きっと悪い夢だ。そう思う事にした。

「大丈夫、こんなに高いのは慣れないから少し緊張しちゃって。心配しないで。」

そう言って春華の見ていた景色を見る。気づけばゴンドラは頂上に達しようとしていた。記憶の隅に追いやっていた漫画を思い出す。今この瞬間を逃せば、二度と春華に想いを伝えるチャンスはないんじゃないか?急に心臓の鼓動が加速する。大きく深呼吸をする。吸って、吐いて、春華の方を見る。まだ春華は心配そうに僕を見ていた。

「あのさ、春華。聞いてほしい事があるんだ。」

春華の顔に不安の色が灯る。その表情を見て、僕の決意が揺らいでしまう。

「えっと、その。ちょっと、待ってほしい。」

出かかっていた言葉が出てこず僕は言い淀む。春華は不思議そうにした後、窓の外へ向き直った。再度呼吸をする。逃げ場はない、春華、その名を呼んだ瞬間、観覧車に光が灯った。ネオンサインが落ちていく雪に乱反射してキラキラと輝いている。その光景に僕は目を奪われる。春華もわぁ…と感嘆の声をもらしている。今このどさくさに紛れて言えるんじゃないか?ふとそんな事を思う。春華を見ると、僕の視線に気がついたようで目と目が合う。

「聞いてほしい、事が、 あるんだけど、僕はずっと、春華の事が…。」

緊張で舌がもつれて言い淀む。それでも僕は言葉を紡ぎ続ける。酸素が足りないような気がして、必要以上に呼吸を繰り返す。春華に手を伸ばして僕はずっと伝えたかった想いをぶつける。

「僕はずっと、綺麗で、可愛くって、優しい春華の事が、ずっとずっと気になってて、だから!」

「えっと、ごめん夏輝、今は聞きたくない。またいつかで良いかな?」

僕の手は春華に軽く払われた。ドン、と頭を鈍器で強く殴られたかのような錯覚に陥る。これまで見たことないような表情をしている春華を見て、僕の一世一代の勇気を振り絞った告白は失敗した事を悟る。声にならない言葉が口から溢れる。

「ごめん春華、こんな事言って。本当にごめん。」

意味もないのに謝る。そんな僕に不機嫌そうに春華は言った。

「だから、気分が下がるから謝るの辞めてってさっき私言ったよね?聞いてたの?」

春華のほとんど聞いたことがない語気が強い言葉に面食らう。そしてまた謝りそうになって、慌てて口を塞ぐ。気づけば春華は対面の席へと戻っていた。ゴンドラがゆっくりと停止する。扉が開かれ、外の景色が見える。いつの間にかゴンドラは地上についていたらしい。僕たちは降りる。

「チュロス食べたいから買ってくるね。夏輝は何味が良いとかあるかな?」

ゴンドラから降りた春華はいつもの明るい春華に戻っていて先程のは夢だったのかと無理のある錯覚をする。しばらくするとすぐに春華が戻って来た。その手にはチュロスが2本握られている。

「一緒に食べよ!で、食べたらヒマワリ園行きのバスを探そうよ。」

春華の顔には柔らかい笑みがあった。その表情に僕も自然と笑顔になる。

「うん、そうだね。バス、出てると良いね。」

きっとアレは無かったんだ。あったとしたら、春華がこんなに笑顔なわけがないよな。そう言って無理やり自分を落ち着かせる。2人で食べたチュロスは味がしなかった。

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