春華の肩と僕の肩が触れ合う。しかし春華は気づいていないようでそのまま窓の外を見続けている。その横顔は楽しげだ。 僕たちは今、黄金ヒマワリ園行きのバスに乗っていた。この雪のせいだろうか、乗客は僕たちだけだ。車内には静寂が満ちている。
「そういえば、聞きたかったんだけど、黄金山の方に何かあるの?」
その静寂を裂くような唐突な質問に僕は不思議な気持ちになる。黄金山には確か何も無かったはず。その旨を伝えると春華は不思議そうな顔をした。
「じゃああの黄色いのなんだったんだろう。」
かろうじて聞こえる程の小さな声で春華は言った。その後、春華は再び窓の外を眺めだした。しばらくそうしていると、やがて、バスは黄金ヒマワリ園に停車した。降車すると僕たちはヒマワリ園に向かって行く。先に走り出した春華が門の前で立ち止まる、何かを見ているようだった。追いついた僕は門を見る。なにか紙が貼られていた。どうやら春華はコレを見ているらしかった。
「……雪が止むまで閉園なんだって。」
春華は悲しげに呟く。その言葉を聞いて僕の頭の中は真っ白になる。どうしよう、なにも考えていなかった。よく考えたら当たり前だ。夏に咲く向日葵がこんな雪の中で見られるわけがない。僕がこれからの事を思いあぐねていると、春華は門に手を伸ばすと強く押した。当然、動くはずがない。春華は何度も何度も扉を押す。そんな姿が見ていられず、僕は春華に声をかける。
「もう無理だよ、諦めよう春華。」
春華はゆっくりと首を横に振る。どうしても入りたいらしかった。僕はため息をつくと、春華の隣に立って門に触れる。そのまま力任せに門を押した。それを見た春華がハッと驚く気配がする。そうしてから僕と同じように門を押す。ギリギリと何かが擦れる音がした。バチン、と辺りに一際大きい音が鳴り響くと、ゆっくりと門が動き始める。やっと人が1人通れるくらいの広さに開いた門の間を春華がすり抜けて先へ進んで行く。置いて行かれないように僕も急いでそれを追う。春華の水色の小さな背中はかなり先へ進んでいて、この雪の中じゃ、すぐには追いつけなかった。春華は古びた木の柵の横で止まっている。その隣に立つと僕は息をゆっくり整えてから春華を見る。春華の顔には明らかな悲しみが浮かんでいた。その理由を尋ねると春華はゆっくりしゃがみ込み、何かを掴み取る。その手に握られていたのは向日葵だった。僕は息を呑む。向日葵は茶色く変色していて、誰が見ても枯れているのが明らかだった。いつの間にか立ち上がっていた春華が柵の向こうを指さす。その先に視線を向けると、先ほどは気づかなかった物が見えてくる。雪を被った向日葵たちだった。そのどれもが茶色く変色していて、全て枯れている事がわかった。僕は言葉を失う。
「もう行こう。ここには向日葵なんてもうなかったんだよ、夏輝。もう、帰ろう。」
そう言うと、力なく春華は歩き出す。フラフラと、不安になる足取りだった。そんな春華を支えるために僕は隣を歩く。ヒマワリ園を出ると、バス停のベンチに2人で座る。気まずい沈黙が2人の間に流れていた。僕は何気なくバスの時刻表を見上げる。その内容に僕は目を疑い、思わず立ち上がる。僕の様子が気になるのか、不思議そうな春華に僕は言う。
「さっきのバス、最後だったみたい。」
春華の顔が引き攣る。それもそのはず、バスでこんなに時間がかかったのだ、歩きならその何倍もかかるだろう。僕はこれからどうしようか頭を悩ませる。やはり歩くしかないか、そう思った時だった。どこからか車のエンジン音が聞こえた。それがだんだん近づいて来る。僕は音の方を見ると目を見開く。一台の小さな車が近づいて来ていた。その見覚えのある外見に表情が綻ぶ。車はバス停のすぐ近くに停止する。そこから降りて来たのは、あの優しいおじさん、平井大造だった。
「除雪がすんだから様子を見に来たんだが、何か困ってるみたいだな。どうしたんだ?この大造に言ってみろ。」
そう言うと大造は大きくそらした胸を叩く。パン、と小気味良い音がなった。僕はバスがもう来ない事、帰るのが難しい事を伝える。
「なんだ、そんな事か。それなら俺の車に乗せてやる。どこまで行きたいんだ?」
大造のありがたい申し出を聞いて僕の顔に光が灯る。すぐに春華を連れてくると、行きたい場所はないか聞く。少しだけ明るくなった春華が言う。
「ありがとう、大造さん。黄金総合病院までお願いします。」
それを聞いた大造が少し考えるような素振りを見せると、すぐに大きな声で言った。
「任せとけ!さあさあ善は急げだ。はやく車にのりな、すぐに連れてってやるよ。」
狭い車内で僕と春華は隣に座る。エンジンがかかると懐かしい歌があまり良いとは言えない音質で流れ始める。小さな車は雪の中、走り出して行く。
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