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「さあ、呪いは解除したからこれで喋れるはずよ」
「え?」
ニーノからの予想外の言葉に、私は思わず声を洩らす。
本当だ。声を出しても痛みは無い。どうやら私は本当に呪いをかけられていたのらしい。
「ニーノ、何のつもり?」
「お誕生日プレゼント、まだ差し上げていなかったでしょう? 私だけ貰って悪いから、最期に遺言くらい聞いて差し上げようと思いまして。さあ、何でも好きなことを喚き散らすといいわ」
ニーノはそう言うと、にっこりと微笑んで見せた。
私には分かる。その天使の様な笑顔の裏では悪魔の様に凍てついたもう一つの素顔があることを。
もうあの頃のニーノはいないのね? そう確信し、私は立ち上がるとお父様に向かって声を張り上げた。
「お父様! 私はニーノじゃない、ミアなんです。地下牢に行った後、ニーノに襲われ、入れ替わられたんです。どうか信じてください!」
頭の中を子供の頃の記憶が駆け巡った。子供の頃、私を溺愛してくれた優しいお父様の姿。笑顔で接してくれるお城の人達。
お父様ならきっと真実を見抜いてくれる。きっと分かってくれるはず。
しかし、そんな淡い期待を打ち消す記憶が蘇り、私は絶望の淵に叩き落される。
ニーノの処刑を決めたあの日、お父様は私にこう告げた。
「順番が逆であったならば、処刑されていたのはお前の方だったのだ。その幸運を女神に感謝するといい」って。
それはつまり、聖女の肩書さえあればミアでもニーノでもどちらでも構わないということ。
お父様の笑顔は私に向けられたものではなかった。見ていたのは私の聖女の肩書だけ。
「汚らわしい! 魔女が聖女の名を語るとは……!」
私の訴えに対し、お父様は嫌悪感を露わに怒声を張り上げた。
たちまち周囲の民衆からも再び怒号が飛び交い、私に向けて憎悪の塊の如き石を投げつけて来た。
その時だった。突然、ニーノが投石から私を庇うかのように両手を広げ立ちはだかった。
「惨たらしい真似はお止しなさい!」
ニーノの叫びを聞き、民衆は静まり返った。
そして、ニーノは大粒の涙を零すと、お父様に向き直りこう呟いた。
「可哀想に。処刑日が決まってからニーノは自分のことを私だと思い込んでしまったようです。お父様、私に免じて正気を失った哀れな妹を助けていただけないでしょうか?」
すると、周囲からニーノを称賛する声で溢れ返る。
「おお……魔女にも情けをかけるとは、なんと慈悲深き御方だ」などと、周囲から聞こえて来た。
「ならぬ。早々に魔女を神に捧げるのだ!」
「そんな……! ごめんね、ニーノ。私の力ではもうどうすることも出来ない。せめて貴女が女神様の元に召されるようにお祈りを捧げましょう」
ニーノは両手で顔を覆うと、ワッと泣き出した。
しかし、両手の隙間からニーノの口の端がニイッと吊り上がっているのが見えた。まさしく悪魔の微笑だと私は戦慄する。
そしてニーノは最後に私の耳元に顔を寄せると、静かに呟いた。
「こんなに上手くいくなんて……笑いをこらえるのが大変よ。さようなら、ミア御姉様。どうか苦しみながら死んでちょうだい」
ニーノの嘲笑が耳にこびれついてくる。
「ぶっちゃけ、民衆はどっちが聖女であろうと魔女であろうが関係ないってことよ。ただ聖女のドレスを身に纏い白銀の髪さえもっていればただそれだけで聖女になれるんですから」
ニーノの嘲笑に対し、私は反論することが出来ず愕然となった。何故なら、今、まさしく自分もその考えに至ったからだ。
私はもう抗う気力を失ってしまった。
さようなら、お父様。さようなら、かつて愛した民達。ありがとう、リック君にガレンさん。
私が心の裡でそう呟くと、リック君とガレンさんの手によって、私は大広間に設置された処刑場に引きずれ出される。そして、柱に鎖で身体を縛りつけられてしまった。
足元には無数の薪の束が見える。油の匂いが立ち込め、むせそうになる。
これから私は魔女として処刑される。
私は何処で間違ったんだろうか?
ニーノを必死に救おうと足掻いていたはずなのに、結果は御覧のあり様だ。
でも。私はふと気づいた。
今、私が味わっている痛みや苦しみをニーノは長年味わわされ続けて来たんだ。そう思うと、ニーノに対して憎しみは湧いてこなかった。むしろその逆。とてつもない罪悪感で胸が満たされた。
私は長年、ニーノを救い出そうと力を尽くしてきた。でも、それは実に簡単な方法だったことに気づいた。
ニーノがやったように、私が自らの意志で入れ替わってあげていればそれで良かったんだ。そうすればとっくの昔にニーノを絶望と苦しみから救い出せていたはず。
これは私の罪。結局、私も自分が可愛かっただけ。命を賭してでもニーノを救おうと思わなかったことが今回の悲劇を生み出してしまった。
悲劇とは私がこれから処刑されることじゃない。ニーノにそんな惨い選択を強いてしまったこと。
「ニーノ、ごめんね」
私がそう呟くと、リック君とガレンさんが燃え盛る松明を手に近づいて来るのが見えた。
「火を放て! 魔女を浄化せよ!」
お父様の無慈悲な怒声が響き渡ると、それに応えるかのように周囲から民衆の大歓声が轟いた。
歓声が上がると同時に火が放たれた。
このまま私は生きながら身体を焼かれて天に召されるのだろう。
「最期にもう一度会いたかったな」
迫り来る死を前にして、脳裏に浮かんだのは美しい獣人の青年──ルークの姿だった。
私の目の前にルークの幻が現れると、優しく私の頬を撫でて来る。手を伸ばし、彼に救いを求めようとするが、燃え盛った炎が噴き上がると、幻は霧散してしまった。
「滑稽ね。幻に救いを求めるだなんて。何で思い出しちゃうんだろう……」
死を覚悟しても怖いものは怖い。すがれるものなら何にでもすがりたいと願うのが普通なのだと知った。
でも、再びルークの幻影が現れると、一言呟いた。
〈オレの名を呟けば、お前の元へすぐにかけつける〉
そして、私は咄嗟に思いの限り全力で叫んでいた。
「ルーク!」
私の叫びが天に響き渡った瞬間、突如として暗雲が立ち込め雷鳴が鳴り響いた。
まだ昼と呼ぶには早い時刻なのに広場はまるで夜の様な闇に包まれた。
そして、それは起こった。
一瞬、雷神の大槌でも振り下ろされたかと錯覚するほどの激しい雷が落ち、周辺の建物を次々と破壊し始めた。
雷鳴が轟くのと同時に、悲鳴が木霊した。
「何が起きているの⁉」
私が茫然とそう呟いた瞬間、背後に雷が落ちた。轟音が響き渡り、私は強い衝撃を受ける。でも、いつまで経っても痛みは感じなかった。
身体を縛り付けていた鎖の感触は無くなり、全身が安らかな温もりに包まれるのが分かった。
落雷の衝撃で少し混乱状態に陥っていたが、ようやく私は誰かに抱きかかえられていることに気付く。
私を抱いているのは誰なの?
思い当たる人物はいない。ただ一人を除いて。
雄々しく立派な黒い獣耳が目に飛び込んでくる。口元には穏やかな微笑を湛え、真紅の瞳は潤いを帯び優し気な色が映し出されていた。
「ようやくオレの名を呼んでくれたな、ミア」
「ルーク、本当にルークなの? 信じられない……!」
だって貴方は私が妄想の中で作り出した人物のはず。でも、今、確かに私を守るように優しく抱きかかえてくれている。優しく微笑みかけてくれている。心は安らぎと喜びで満たされた。
「正真正銘、オレは夜の国の魔王ルークだよ、ミア」
その瞬間、私の心は驚きに満たされるのであった。