それからというもの、二代目は泊まり込み、当然こまめに皆の世話を焼いた。
家事はすべて二代目が行い、中村は言葉通り、お咲の練習の為に岩崎の家へ通って来る。
岩崎はというと、遅刻する!と叫びながら二代目が持たせる弁当を手に毎朝駆け出して行く。そうして、遅くに帰って来ては、自室にこもって夜中何かを行っていた。
とにかく、月子意外は皆慌ただしい状態で、それを居間でぼっと眺めているというのが月子の日課になりつつあった。
初めて暇をもて余している状態に、月子自身もどうしてよいのか戸惑うはかりだった。
今日も……。
駆け出して行く岩崎の背に、行ってらっしゃいませと、どうにか声をかけることができた。
そして、入れ違いにやって来た中村を迎え居間へ通す。
背後では、ごめんよっ!と、二代目が、はたき、ほうきで掃除をし、次から次へと仕事をこなしている。
中村は、持参したバイオリンの弓の弦を整え、演奏の準備をした。
側では、それをお咲が見ながら、演奏会の練習に備えている。
各々、役目を果たしているのに、月子だけ、手持ちぶたさ。この状態をどうすれば良いのかと思いつつ、居間の隅に座り込んでいた。
中村かバイオリンを構える。
弓を引き、自分が演奏会で発表する曲を奏でているが、側にいるお咲は、月子に教わった折り紙を古新聞を使って折っていた。
「お咲!そこまで無関心でいるってのもどうなんだよっ!!」
中村は演奏を終え、お咲へ文句を言った。
月子は、慌てて拍手を送ったが、
「……月子ちゃん。おれに気を使わなくていいから……」
中村はどこか寂しそうに言う。
「だって、お咲は、桃太郎だから」
すまし顔で、お咲から言い返された中村は、ますます拗ねた。
「そりゃ、わかってるっ!しかしだな!人の演奏を聞くというのも、ひとつの練習なんだぞっ!しかもっ!!演奏会、明日だろっ!!!」
感情に任せて怒鳴る中村へ、おおっ!と二代目が驚きの声をあげた。
「そうだよ!!中村のにいさんっ!!もう、明日じゃねぇかっ!!俺、花園劇場と打ち合わせしてくるわっ!それに、集客の確認もしなきゃーいけねぇしっ!」
でかけて来る!と飛び出そうとする二代目を中村が止めた。
「ちょっ!!でかけるのはいいが!」
「あっ!昼かっ!朝の味噌汁残ってるからっ!」
「そうじゃなくてっ!二代目!明日なんだよ!俺も、打ち合わせしなきゃいけない!学校休んでんだ、何か周知されているかもしれんし、最終確認みたいなものがあるだろう。一旦学校へ戻らせてくれ」
確かにそうだと、二代目と中村は頷き合う。
そして、二代目が劇場と打ち合わせするならば、学校側の現地視察はあったのか、はたまた、大物楽器、ピアノはどうするのか等々、話がついているのか確認してくれと中村は言い出した。
岩崎は学校から遅くに家へ帰って来て、そのまま、部屋にこもって何か作業を行っている。と、なると、おそらく劇場と話などしていないのではなかろうか。それに、学校の校長も、いわゆる昼行灯。岩崎が動いていないのなら、学校側も動いていないはず。
中村は、二代目に任せて良いかと無茶な事を言い出した。
「ああ、構わねぇよ?どうせ、劇場へ足を運ぶんだから。それに、京さんに任せるより、俺のほうが、ちゃちゃっと済ませられるし」
花園劇場の支配人とは顔見知り、多少の無理も押し通せると二代目は得意気に言いかけるが……。
「留守番!月子ちゃんを誰が守るんだっ?!」
二代目、中村のいない隙に、厄介な面子が来ては困る。
そこへ……。
「月子さーん!お邪魔するわよぉー!」
何故か、芳子が上がり込んで来た。
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