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「月子さん!間に合ったわ!」
演奏会にどうかしら?と、芳子が微笑んでいる。
後ろで、お付きとしてやって来た清子が、特大の風呂敷包みを広げると、中から白いドレスが現れた。
「これ、舞台衣装にどう思う?」
芳子は、白いドレスを手に取ると、その自らの衣装の説明を始めた。
なんでも、芳子が唄うのは、劇中歌で主役が唄うのものなのだとか。よって、衣裳も形が決まっているそうだ。
「そうなの!白のドレスと相場が決まっていてね、それに長手袋を合わせるのよ。手持ちのドレスでなんとか、誤魔化せられたからよかったわ」
たまたま、白のドレスがあったのだと、それに手をを加えたのだがどうだろうと、芳子はドレスを月子へ見せながら問うた。
「そ、そうですね……」
困惑しながら答える月子へ、やれやれといった顔を清子が向けてくる。
「あ!もちろん!お咲ちゃんの衣裳も、月子さんのお着物も、私のお下がりだけど用意しているわ!」
お咲には、できるだけ舞台栄えしそうな着物を選んで、子供寸に縫い縮め、月子へはモダンな柄を選んだと言いながら、芳子は、清子へ合図する。
たちまち、お咲が、わあぁと歓声をあげた。
そもそも、どこで芳子は手に入れていたのか、身頃に子猫達が毬とじゃれ合っている意匠の着物を用意してきたのだ。
薄い桃色地の着物の肩口には菊の小花が流れるように描かれており、かなり目立ちすぎるものだった。
「わー!ミケがいるっ!」
「そうなのよー!お咲ちゃんの桃太郎の唄に、ミケにタマにクマだったかしら?猫が出てきたような気がして、丁度いいんじゃないかしらと思ったんだけど、地味だったかしら?」
クマは、出てこないはずだが、と月子は思いつつ、
「あ、素敵だと思います……」
などと、芳子へ適当な事を言うしかなかった。
「お咲ちゃん、羽織ってご覧なさいな?」
タマ、ミケ、白色の猫もいる!とお咲は大喜びで、舞台衣装とやらを纏っていた。
奇抜な意匠ではあるが、それが意外に良く似合って見える。
足元にはじゃれつく猫達、肩口には小花と、愛らしいと、その場にいる者達の頬は自然緩んでいた。
「へぇー、桃太郎だけに、桃色かぁ。それに、ミケやタマや、なんだっけ、そんなのもいるし、妙にいけるなぁ」
「中村さん?妙にってのはどうゆうことかしら?」
失言に近い言葉を、芳子に注意され中村は小さくなった。
「っていうか!清子さんもいるなら、男爵夫人留守番頼めますか?!俺達、ちよいと打ち合わせに行かなきゃーいけないんですよぉー」
清子が、留守番という二代目の言葉に顔をしかめるが、芳子は、良いわよと、二つ返事で了解する。
女同士で、衣装について語り合いたい、野暮な邪魔者がいないから丁度良いとのことだった。
「清子、お咲ちゃんにちゃんと着付けて。寸法も見ないといけないし。多分行けるとは思うんだけど……」
女中達が、徹夜で寸法を直した、おそらく、大丈夫だと清子が言いながら、お咲が来ている着物を脱がせ着付けを始めようとするが……
「この着物……」
二代目が、古着屋で買ってきたお咲きの着物を見て清子が、芳子へもの申したげにする。
「奥様……京介様も、やっと気が効くようになりましたね。お咲の普段着を用意するなんて……でも、あともう少し欲しいところですけど……」
「あー!それ!俺の仕事だよっ!清子さんっ!」
叫ぶ二代目に、清子は月子を見た。
月子も、二代目の仕事だと頷くと同時に、男爵邸の女中が徹夜してという言葉を思いだし、岩崎も徹夜を行っているのは、何んなのだろうかと、ふと思う。
「清子、京介さんよ?そこまで気がつかないわよー!できるなら、月子さんへ着物をこしらえるだなんだ大騒ぎするはずよぉ?」
「そうでございますよねぇ。というよりも、奥様!うっかりしておりました!月子様に髪飾りのひとつもご用意しておりません!」
とにかく、演奏会が迫っていると着る物の準備に大わらわ。小物まで気が回らなかったと清子が考え込んでいる。
「あっ!そんじゃあ!それこそ京さんの出番ということで!中村のにいさん!学校へいくんだろっ!月子ちゃんの髪飾り、あったらいいのになぁーとかなんとか、京さんに伝えておくれよ!」
きっと、買って帰るはすだと二代目が自信満々に言っている。
「いや、それよか、二代目が、劇場へ行ったついでに買って来る方が早いだろう?」
「中村のにいさん!男心がわかんねぇんのかい?!なにぃ?!月子に髪飾りがない?!それは、一大事!って、あの唐変木は、嬉しげに小間物屋へ走るのさっ!」
月子も岩崎に買ってもらった方が嬉しいに決まっていると、二代目はニヤケた。
「むむ?!そんなものか?良くわからんが、とにかく、そうならおれは学校へ行く!」
中村は居間を飛び出した。
そんじゃー!頼みますと、留守番を芳子達に押し付け、二代目も飛び出して行った。
「まったく、余計なことには気がまわるんですからねぇ……」
お咲に着物を着せながら、清子がぼやいた。