テラーノベル
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◇
夕暮れの食堂には、揚げ油の香ばしい匂いが広がっていた。
イリアはエプロンの裾を整えながら、まな板の上の鶏肉へ視線を落とす。
「プリムさん、鶏肉を一口大に切ってもらえますか?」
「お任せください!」
プリムローズは張り切った様子で包丁を握った。
「えーっと……片栗粉はどこに……。」
棚を探していたイリアの背後から、少し眠たげな声が聞こえる。
「……イリアさん。」
「えぇっ!?」
プリムローズが飛び上がった。
そこに立っていたのは、珍しく部屋から出てきたヴェルクだった。
「ヴェルクさん!」
イリアは思わず笑顔になる。
「やっと部屋から出てきた……! どうしたんですか?」
ヴェルクは少し考えるように視線を泳がせたあと、淡々と言った。
「ペット。」
「……トカゲ。どこ行ったか知らない?」
「……はい?」
「トカゲ……というか。」
「サラマンダー。」
包丁を持ったまま、プリムローズがぴたりと固まる。
「……あ、あら?」
イリアも瞬きを繰り返した。
「ん? ちょっと待ってください。」
「……え?」
「鍵かけてなかったっぽくて。」
ヴェルクは悪びれもなく続ける。
「脱走したから。」
「……なるほど。」
イリアは乾いた笑みを浮かべる。
「さ、サラマンダー……。」
恐る恐る尋ねた。
「あの、そのサラマンダーって……。」
「なんか、燃えたりします?」
「……?」
ヴェルクは不思議そうに首を傾げる。
「燃えるけど。」
「あー。」
イリアは遠い目をした。
「わっかりました……。」
「イ、イオ先輩……。」
プリムローズが青ざめた顔で袖を引っ張る。
「これは……。」
「…えーっとですね……。」
イリアは慎重に言葉を選ぶ。
「そのサラマンダー、既にちょっと……。」
「お亡くなりになってますね……。」
数秒の沈黙。
「……そう。」
ヴェルクは静かに頷いた。
「ならいいや。」
「ち、ちょっと待ってくださいまし!?」
プリムローズが思わず叫ぶ。
「え、あの……それだけですか?」
イリアも困惑したように尋ねる。
「そうだけど。」
ヴェルクは少しだけ考えてから付け加えた。
「研究に使う予定だったから。」
「どっちみち死んでたと思う。」
「……。」
イリアは何とも言えない顔になる。
「……わ、分かりました……。」
「じゃ、部屋戻るから。」
そう言ってヴェルクはふらりと食堂を後にした。
残された二人は、しばらく顔を見合わせる。
「……後でテルさんとリーナさんに謝っておきましょう。」
「……ですわね……。」
◇
しばらくして。
「皆さーん! ご飯できましたよー!」
イリアの声が西棟に響き渡る。
「えっ、唐揚げじゃん!」
真っ先に食堂へ飛び込んできたミシェルが目を輝かせた。
「唐揚げね。」
ローラが優雅に席へ着く。
「一番の人気メニューじゃないの。」
「……美味しそう。」
ナターシャは揚げたての唐揚げをじっと見つめ、ちらりとキッチンの方を見る。
「ねぇ。」
小さな声でプリムローズに話しかける。
「運ぶの、手伝う……。」
「えっ?」
プリムローズは少し驚いたあと、嬉しそうに笑った。
「助かります!ありがとうございますわ!」
「えーっと。」
イリアは人数分の皿を確認した。
「じゃあ皆さん、お先に食べててくださいね。」
「……うん。わかった。」
ナターシャは静かに頷いた。
◇
イリアは一つだけ別にしておいたお盆を持ち、医務室の前へやって来た。
「ラグドールさーん。」
返事はない。
代わりに、扉の向こうから小さな声が聞こえた。
「……どうしたの。」
「あ、ララビットさん。」
ララビットは椅子に腰掛け、本を閉じながらこちらを見る。
「……しー。」
口元へ指を当てた。
「寝てんのよ。」
ベッドを見ると、ラグドールが毛布にくるまり、静かな寝息を立てていた。
「あー……なるほど。」
イリアは声を潜める。
「…あんまり寝れてなかったみたい。」
ララビットはぽつりと呟いた。
「……。」
イリアは眠るラグドールを見つめる。
昼間の明るい笑顔とは違い、今はどこか幼く、無防備に見えた。
「えーっと……どうしましょう、これ。」
イリアがお盆を持ち上げる。
「晩ご飯?」
「……ラップでもかけといたら?」
「そうですね。」
イリアは小さく頷いた。
そして扉へ向かいながら振り返る。
「あ、ララビットさん。」
「もう皆さんご飯を食べてるので、よかったら来てくださいね。」
「ん。」
ララビットは短く返事をする。
「わかった。行くよ。」
イリアは笑顔で頭を下げた。
「はい。待ってます。」
医務室を出る直前、もう一度だけラグドールの方を見る。
静かな寝息。
窓から差し込む夕暮れの光。
そして、その隣で本を抱えたまま座るララビット。
西棟の夜は、いつものように穏やかに更けていく。
コメント
1件
うわあ、今回もすごく良かったです……! サラマンダー脱走エピソード、思わず笑ってしまいました。「燃えるけど」ってヴェルクさんがさらっと言うから、イリアさんの遠い目がめっちゃ伝わってきた……(笑) でも、後半のラグドールさんが眠る医務室のシーンがすごく優しくて。ララビットさんがそっと見守ってるのが、言葉少ななのにあたたかくてじーんと来ました。西棟の夜の穏やかさ、好きです。
#魔王
青空美空
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ruruha
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於田縫紀
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