テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
◇
まだ夜の名残が残る早朝。
西棟の廊下には静けさが漂い、窓の外には淡い藍色の空が広がっていた。
イリアは鼻歌を歌いながら、台所へ向かって歩いていく。
「ふんふふーん……。」
すると、向こうからふらふらと歩いてくる人影が見えた。
「あ、プリムさん。おはようございます。」
「……ふわぁ。」
プリムローズは小さなあくびをしながら、眠そうに目をこする。
「おはようございまぁす……。」
「眠たそうですね。」
「……んぅ……はぁい……。」
今にもその場で寝てしまいそうな返事に、イリアは思わず笑ってしまう。
「まだ五時ですもんね……。」
「顔、洗ってきます?」
「そういたしますわ……。」
プリムローズはぺこりと頭を下げ、洗面所へ向かっていった。
◇
しばらくして。
焼き立てのパンの香りが食堂いっぱいに広がる。
「プリムさーん、朝食できたので運びましょうか。」
「かしこまりました!」
すっかり目を覚ましたプリムローズが、元気よく返事をした。
イリアが皿を持ち上げた、その時だった。
「……あれ?」
窓の外を見たプリムローズが、小さく声を漏らす。
「あ……雨が降ってきましたね……。」
ぽつり。
ぽつり。
窓ガラスを叩く雨粒は、あっという間に数を増やしていく。
「……あ。」
イオの表情が凍り付いた。
「洗濯物!」
「マズいですわ!?」
二人は顔を見合わせると、同時に駆け出した。
◇
「はぁ……はぁ……。」
どうにか洗濯物を取り込み終え、二人はその場にへたり込む。
「あ、危なかったですわ……。」
「ギリギリセーフ……ですかね……?」
イリアが苦笑する。
外では雨脚がさらに強くなっていた。
「うぅ……。」
プリムローズは空を見上げる。
「天気予報では晴れって言っていましたのに……。」
「そうですね……。」
その時。
ゴロゴロ、と低い音が空を震わせた。
「雷も鳴ってきましたし…。」
イリアは窓の外を見つめる。
灰色の雲が空を覆い、朝だというのに辺りは薄暗い。
「これは……しばらく晴れそうにはないですね……。」
「……あ。」
振り返ると、そこにはローラが立っていた。
「イリアちゃん。」
どこか心配そうな声だった。
「……? ローラさん。どうかされました?」
「ちょっと来てくれないかしら……。」
「はい…わかりました。」
イリアはすぐに頷く。
「プリムさん、先に準備お願いしても大丈夫ですか?」
「お任せください!」
◇
ローラに案内されて部屋へ入ると、ベッドの上でナターシャが毛布にくるまっていた。
「……?」
ぼんやりとした瞳が、イリアを見上げる。
「…ナターシャちゃん、イリアちゃん呼んできたわよ。」
「な、ナターシャさん!?」
イリアは慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか……?」
「……。」
頬は赤く、呼吸も少し熱っぽい。
「体調が悪いみたいなの。」
ローラが静かに言う。
「熱、測りましょう…!」
「………うん……。」
体温計を脇へ挟み、数分待つ。
ピピッ。
「……あー……。」
イリアは数字を見て眉を下げた。
「38.5℃…。」
「確実に風邪ね……。」
ローラがため息をつく。
「……頭……いたい……。」
ナターシャは小さく呟いた。
「そうですね……。」
イリアは優しく毛布を整える。
「とりあえず、今日はゆっくり寝ていてください。」
「……ローラさん、知らせてくれてありがとうございます。」
「いいのよ。」
ローラは穏やかに笑う。
「それじゃあ、私はこれで失礼するわね。」
「あ、あと……。」
イリアは振り返った。
「プリムさんに、このことを伝えてもらってもいいですか?」
「えぇ、もちろん。わかったわ。」
ローラが部屋を出ると、室内は雨音だけに包まれた。
「……ナターシャさん。」
イリアはベッドの横へ腰掛ける。
「何か食べられそうなもの、ありますか?」
「……。」
ナターシャは首を小さく横に振った。
「わかりました……。」
「じゃあ、ちょっと薬を持ってきますね。」
その時。
ピシャッ!
窓の外で雷が光った。
ナターシャの肩がびくりと震える。
「……。」
「……雷、こわい……。」
弱々しく毛布を握るその姿に、イリアは少しだけ目を丸くした。
そして、ふっと微笑む。
「……わかりました。」
「ここにいますよ。」
「……うん……。」
イリアは椅子を引き寄せ、ベッドの隣へ座った。
雨音が静かに響く。
時折、遠くで雷鳴が鳴る。
ナターシャは安心したように目を閉じ、やがて小さな寝息を立て始めた。
◇
「……寝ちゃった。」
イリアはそっと呟く。
眠るナターシャの前髪を整えながら、小さく笑った。
「大丈夫かな……。」
窓の外では、雨が途切れることなく降り続いている。
けれど、その部屋の中だけは、不思議と穏やかな時間が流れていた。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 第十二話「神」、読ませていただきました…。 朝の静けさから始まる日常の風景、洗濯物を取り込むちょっとした騒動、そしてナターシャさんの体調不良。特に雷に震えるナターシャさんに「ここにいますよ」って寄り添うイリアちゃん、すごく優しくて心が温かくなりました…🌙 タイトルの「神」って、大きな力じゃなくて、誰かのそばにいるってことなのかなって思えて、じんわりきました。雨の日の静けさと、部屋の中だけ流れる穏やかな時間の対比がすごく好きです。 ゑぬ。さんの描く日常の優しさ、ちゃんと受け取りました。次も楽しみにしてます🖤
#魔王
青空美空
8
ruruha
1,272
298
於田縫紀
1,848