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梨沙は奇妙な光景を目にしていた。

銃弾は梨沙の目の前の空中で静止していた。

ピピピピ……

計測器の数値が150を指しアラームが鳴った。

「子供が起きたぞ!撃て!撃て!」

目出し帽の人物が4人集まってきて、一斉に梨沙に向かって弾丸を撃ち込んだ。

だがそのどれ一つも梨沙の身体に届くことはなかった。

全て空中で回転しながら止まっている。

そして唐突に糸が切れたように弾丸は床に落ちた。

梨沙のお腹の中で胎児が激しく脈動した。

体内で爆弾が爆発したみたいな激痛が梨沙を襲った。

数時間前よりもお腹はさらに膨らんでいた。


それから梨沙が目撃したのは地獄絵図だった。

梨沙の前に立つ目出し帽の人物が隣に立つ仲間の頭に唐突に銃弾を撃ち込んだ。

続いて、仲間を撃った目出し帽の人物はゆっくりと自分の頭に銃を突きつけ、ためらいなく引き金を引いた。

血しぶきが梨沙の顔にふきかかった。

3人目は唐突に壁掛け鏡に頭を打ちつけると割れたガラスの一つを手に取り自分の首に突き立てた。

最後に残った4人目は叫びながら窓を突き破って表に落下していき、身体が地面に叩きつけられる鈍い音がした。

ほんの十数秒で4人が死んだ。

梨沙は身動きできず茫然と見ていた。

目の前で繰り広げられたことが現実とは思えなかった。

トクントクン……。

梨沙はお腹の中にはっきりと胎児の脈動を感じた。

……お腹の中の胎児が彼らを操って死に追いやったのか。

震えが止まらなかった。


……地獄はまだ終わりではなかった。

梨沙は信じられない光景を目撃して悲鳴をあげた。

遺体の頭がムクリと起き上がって生気のない目で梨沙を見つめていたのだ。

ゴキリ、ゴキリと間接を鳴らしながら、糸でつられたマリオネット人形のようにぎこちない動きで立ち上がり始めた。

逃げたくても足が思うように動いてくれず梨沙はその場から動けなかった。

生気のない濁った目。

こめかみには銃弾が撃ち込まれた穴。

死んでいるのは明白だ。

……まるでゾンビだ。

意思を持った目はしていない。

ただ遺体が操り人形のように動いているだけに見える。

これも胎児がやっているのだろうか。

先日、梨沙を襲った男の姿が脳裏に蘇った。

あの男も同じような動きをしていた。

生きた人間に見えなかったのは実際に死んでいたからだ。

2人目の遺体も同じようにゆっくりと動き出し立ち上がった。

続いて3人目。

3人の遺体は梨沙に背を向けると、階段を下っていき、家を出ていった。

遺体の行進は家の表で4人目と合流し、4人のゾンビが奇怪な動きで行進して歩き去っていくのが見えた。

視界がぼやけた。

再び激しい腹痛が梨沙に襲いかかった。

もう立っていられない。

梨沙は身体の力が抜けてその場に倒れた。


「…さん…綿貫さん……」

丸山の声で梨沙は目を覚ました。

床に倒れて意識を失っていたらしい。

お腹に強い張りを感じた。

もう妊娠30~35週くらいまでお腹が大きくなっている。

ありえないスピードでお腹の中の胎児は成長していた。

心拍は110まで下がっていた。

眠りについているようだ。

「綿貫さん!大丈夫!?」

スマホから丸山が呼びかけている。

電波妨害が直ったのだろうか。

どれくらい眠っていたのだろう……。

「丸山さん……」

「今どこ?」

「ここ……家の廊下……です」

「その血、どうしたの?」

梨沙の顔には返り血がべったりとついていた。

「……私の血じゃありません」

「とにかく、すぐ鍵がかかる部屋に避難して」

梨沙はハッとした。

さきほど殺されかけたことを思い出した。

丸山に言われたとおり梨沙は廊下を這いずっていって近くの部屋に入りドアにカギをかけた。


「お腹の中の子供が……全員殺したんです……」

梨沙は自分が目撃した凄惨な処刑を丸山に説明した。

「……綿貫さんを守ったのかな?」

「……守った?」

そうかもしれない。だが、本当にそうだろうか。

あんな残酷なやり方で殺す必要があったのか。

あれは人間の所業ではない。

外の人達がお腹の胎児を怖れる理由は理解できた気がした。

梨沙のお腹に宿っているのはやはり化け物なのだ。


トントントン


ドアをノックする音がして梨沙は心臓が喉から飛び出そうなほど驚いた。

まだ誰かいたのか……?

「……綿貫さん。石倉です」

梨沙は何も返事をしなかった。

信じるわけにはいかない。石倉が梨沙を殺そうとしている人間達と繋がりがあるのは間違いない。

「……彼らを止めることができませんでした、申し訳ありません。全員が全員あなたを助けたいとおもっているわけではないんです。ですが、私はあなたを助けたい。それを信じてもらえませんか」

丸山は口に指を立てて「静かに」のジェスチャーをしている。

「絶対にこたえないで」

丸山がそう声を潜めて警告した。

梨沙は小さくうなずいた。

「……彼らがあなたの命を狙うのは理由があるんです」

通知音がして梨沙のスマホにショートメールが届いた。

石倉の番号からだった。リンクが貼られている。

「どうかした?」と丸山が気にする。

「ショートメール」

「開けないで」

だが、丸山の警告は遅かった。

梨沙はすでにリンクを開いていた。

スマホの画面に地図が表示された。

見覚えのある街の形、地形……。

宝町の地図だ。

地図にはいくつものピンが打たれていた。

100以上はありそうだ。

ピンはある地点を中心に円を描いて広がっていた。

その中心に位置するのは……梨沙の家だった。

「綿貫さん。その地図が何を意味するかおわかりですか?」

(なんか宝町、最近事件とか事故多すぎじゃね? )

いつかのSNSの投稿が梨沙の脳裏をよぎった。

「最近、宝町で事件や事故が頻発しているのはご存じでしょう。その地図はそれらの事件や事故が発生した場所を示しています。おわかりですか?すべての中心にこの家があるんです。いえ、家ではない、あなたのお腹の中の子供が中心なんです」

梨沙は自分のお腹に目をやった。

……お腹の中の子供がすべてやった?

さっき、この子は特殊部隊の隊員達を次々に死に追いやった。

それと同じことを街中でしていたというのか。

「宝町でこの現象が確認されたのはあなたが妊娠したと思われる日からです」

新たなリンクのメッセージが送られてきた。

クリックすると動画が流れ出した。

ガソリンを被って自分に火をかけようとする老人。

笑いながら道行く人に刃物で襲い掛かる女。

暴走車に突っ込まれ破壊された家。

これがすべてこの近隣で起きていたというのか。

梨沙は家に閉じこもっていて外の世界で何が起きているかまるでわかっていなかった。

「胎児の力が及ぶ範囲はおよそ半径3㎞。あらゆる物体を自由に動かし、生物を思いのままに操ることができる。厄介なのは、胎児の中身はまさに赤ん坊なんです。何の罪の意識もなく、ぬいぐるみで遊ぶように人を殺し、積み木を崩すように街を破壊する。自分を邪魔するものや母体であるあなたを攻撃するものにはどんな対抗手段も取る……あなたのお腹にいるのはこの地球上で最も危険な生物です。すでに犠牲者は30名を超えている……絶対に産み落としてはならないんです」

梨沙は急な吐き気を感じて戻した。

30人?私のせいで?死んだ?

「……私のせいで」想いが声に出ていた。

「あなたのせいではない。あなたも巻き込まれた被害者です」

梨沙にはそうは思えなかった。

お腹にどんな生物を宿していたとしても、その母親に一切関係ないということなどありえない気がした。

「綿貫さん。誰かがあなたにこの家を出るよう強くすすめませんでしたか?」

「……え?」

「これまでも親身にあなたの話を聞いてアドバイスをしてくれた人物です。そういう人がいませんか?」

なぜ石倉が丸山のことを知っているのだろう。

スマホを見ると、丸山はさっきからなぜか黙っている。

「……でも、綿貫さん。その人物に直接会ったことはないんじゃありませんか 」

丸山とのやりとりが始まったのは、前職の同僚の名前で「紹介を受けた」とメールが来たのが最初だ。それ以来、メールやオンラインミーティングでやりとりしただけで、丸山に実際に会ったことは今まで一度もなかった。

そもそも本当に知り合いなのか前職の同僚に確認はしていない。

「耳ざわりのいいことをいくら言っても、直接あなたに会うようなアクションは取らなかったはずだ」

たしかにそうだ。どんなに心配して気遣ってくれても丸山は梨沙と会おうとしたりはしなかった。思い返せば、それだけは避けているような節があった気がする。

「その人物は、それをしたくても絶対にできなかったんです……なぜなら、実際には存在しない人間だから」

存在しない?意味がわからなかった。

「信じられなかったら確認してみてください。いくら頼んでも、その人物は決してあなたの前に姿を現すことはできないはずです」

「……存在しないってどういうことですか!彼はじゃあ、なんなんですか」

「高度な知能を持つAIではないかと我々は考えています」

梨沙は頭をハンマーで殴られたようだった。

丸山が存在しない?AI?

今まであれほど密にやりとりしていた人物が?

「綿貫さん、私は今こうやってあなたの目の前に姿を現しています。しかし、その人物はあなたの前に決して姿を現さない。どうか私の方を信じてください……その人物こそ、水を送りつけ、あなたを妊娠させた犯人です」

梨沙は恐る恐る丸山が映るスマホに目をやった。

丸山の人懐こそうな顔が、邪悪な笑みを浮かべ歪んでいた。

FirstCry -うぶごえ-

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