『ゾムくんって、いつも何聞いてるの?』
聞いても、返事はない。いつもこうだ。何を聞いても話しかけても、ゾムくんは何も返してくれない。
私が肩を叩くと、ずっと付けっぱなしのイヤホンを片方外して、音楽を止めてから、「なに?」って聞くの。毎回毎回、これの繰り返し。
またきょうも、ぽんっと肩を叩いて、ゾムくんに話しかける。
「なに?○○」
『ゾムくんって、いつも何聞いてるの?』
「んー、バンド。結構昔のだから、○○は知らない曲かもな。」
そう言って、またイヤホンを耳にはめた。何の曲かが知りたかったのに、抽象的なことしか教えてくれなかった。
帰宅部のゾムくんは、授業が終わればそのまま帰ればいいはずなのに、なぜか人の居なくなった教室で放課後、残って1人で音楽を聞いているのだ。
はじめは、変なのって思っていたけど、なんだか気になっちゃって勇気をだして話しかけてみたら、意外と気さくに話しかけてくれて、 気づけばそんな所に惚れ込んでいた。勿論、端正なそのお顔も好きなんだけど。
『わたしもバンド、聞こうかなぁ』
ぽつりと呟いたその言葉は、誰にも拾われることなく消えていく。
音楽を聞くゾムくんは、リズムを取るわけでもなく、ただただ携帯の画面をぼんやりと眺めているだけ。
その目が、何故か寂しそうに見えて。
あの日1人で音楽を聞いているゾムくんに話しかけたのは、興味本位でもあって、その目をするゾムくんに気になったからでもある。
でも、どうしてそんな目をするのかは、まだわからない。でも、知らなくていいと思った。知っちゃったら、私まで悲しくなっちゃう気がしたから。
だって、その目にはどこか、過去の女の人が映ってるように見えたから。
『ねぇ、ゾムくん』
とんとん、と肩を叩くと、音楽を止めてイヤホンを外した。
『どうして、いつもここで音楽を聞くの?』
「この静かな空間が好きなんや。このイヤホンしてたら周りの音なんて聞こえへんし、この世界に俺だけやと錯覚できる。そんな時間が好きやからや。」
家やと、兄貴の声うるさくて集中できひんねん。とゾムくんは呆れたように笑う。
『そっか。じゃあ私はここにいない方がいいかな』
「○○は騒がしくせんし、俺は別におってもいいと思うで。」
『そう?じゃあ明日もここにいようかな』
ゾムくんが、私はここにいてもいい。って言ってくれたのは勿論私が好きだからそばにいて欲しい、なんて意味じゃなくて、音楽をかけてしまえば私はゾムくんにとって空気のような存在になってしまうから。
いちいち音楽を止めないと私の声も届かないなら、そんなイヤホン、なくなっちゃえばいいのに。
ゾムくんを独り占めにしちゃうのなら、音楽なんて。バンドなんて、もうなくなっちゃえばいい。そしたら、私の声がゾムくんにとっての”音楽”になるのに。