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第27話「掃除時間の透明な手」
登場人物:シオ=コショー(潮属性・非常勤講師)
朝の波域鐘が鳴るころ、まだ生徒の声が届かない校舎裏。
そこに立つのは、背筋のやや曲がった細身の講師、シオ=コショーだった。
潮属性、シャチの性質を持つ彼の髪は深い灰のような色で、瞳はやや潤んだ淡水色。ラッシュガードの上に、作業着を羽織っている。
トイレの清掃具を並べながら、彼は呟く。
「ここだけは、波に飲まれなくて済むんだよな」
彼の仕事は、誰もいない早朝に終わる。
教室も廊下も誰かの“波”で満ちていて、長くそこにいると自分の感情が曖昧になるからだ。
彼の“変質”は不完全なまま止まり、今では透明な“手”が一つ、彼の後ろに浮かんでいる。
それは共鳴の失敗の痕跡か、彼自身の感情の形か、本人にも分からない。
けれど、その手は、正しく拭き掃除ができる。水草水槽の掃除記録も、ノートにしっかり残せる。
水槽の隅に積もった藻をすくうと、小さな声がした。
「せんせ、きょうも、きれいだったね」
それは潮域の子ども型生徒──
体が小さく、声も濁音交じりで、波に流されやすい存在。だが、シオには“見える”。“聞こえる”。
「うん。きみたちが見に来るって思ったから、ていねいに掃除したよ」
彼は微笑む。
彼の変質は“失敗”だったかもしれない。
でも、“だれかを安心させる波”は、今もちゃんと、彼のそばにある。
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