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「ああ、まことの事だが?其処な美丈夫《びじょうふ》よ」
「あれ、守近様。美丈夫《びなん》などと、お褒め頂きありがとうございます」
玉里《たまさと》だか、晴康《はるやす》だか、どちらとも言えずの有り様で、気後れすることなく、美丈夫《びなんし》、は、答えた。
「ねえ、玉里!聞いているの?あの、下稽古の舞の時、観覧しておられた皆様の中で……あの方だけが、助けてくださったの」
「あっ、はいはい、聞いておりますよ。姫様」
晴康は、玉里に戻り、徳子に相槌をうつ。
「扇の金具が、外れてしまって……、皆、クスクス笑って。恥ずかしいと、思ったけれど、こんなことあり得る訳がないと、思ってね、バラけた扇のまま、私、踊り続けたの。そしたら、やっぱり、出て来たわ!一の姫様が!私の衣装の長袴を踏んづけたのよ!」
「母上、頑張られたのですね!なのに!!許せないわ!!」
守恵子《もりえこ》が、息巻く。
「なるほど、本番前に、下稽古として、重鎮達に、仕上がりを見せるわけか……その場所で、と、なると、確かに、母上は、外されてしまうのも、無理はないなぁ」
「しっ、守満《もりみつ》に、守恵子、まだ、続きがあるようだぞ?長袴が、と言われているではないか?」
なぜか、守近が、先導するように、口を挟む。
「さすがに、衣装を踏まれては。私、そこで、転んでしまったの」
あーーーー!やっぱりですかーーー!!!
と、通常展開通りの結果に、皆は、肩を落とした。
「もう、だめだと思った。一の姫様の、高笑いが、聞こえてくるようだった。そしたら……、あの方が……私を……抱き上げてくだすったの……」
「えええーーー!!!」
何故に、誰が、公衆の面前で、五節《ごせち》の舞の、舞姫を抱き上げる?!
皆、予想外の展開に、悲鳴に近い驚きの声しか出ない。
「薬師を!舞姫様が、お倒れになられた!って、私、その、澄んだお声だけで、気が遠くなりそうだったわ」
「まあまあ、姫様、結局、殿方と、抱き合われているではござりませんか?」
「た、玉里!!!からかわないでっ!!」
「……でも、その貴公子様の、お計らいで、姫様は、助かったのですから」
こくん、と、徳子は、恥ずかしそうに、頷いた。
「気になりますか?そのお方の事」
玉里の問いかけに、徳子は、真っ赤になった。
「あー、母上、なんて、愛らしいこと!でも、私も、その貴公子様の事が、気になりますわ!」
「へぇー、なかなかやるなぁ。病で、倒れた事にすれば、母上も、いくらか面子が保たれるし、その場も、丸く収まると。しかし、どなただろうねぇ、そのような、機転の効く殿方ってのは、守恵子、私も、気になるよ!」
オッホン、と、守近が、咳払いし、指差しながら、こくこく頷いている。
「えっ、ち、父上?」
「きゃ!父上!」
ほほほほ、と、袖を口元に当てて、守近は、自慢気に笑う。
「あーー、そーーでした、そーーでした。昔は、ブイブイ言わせてましたからねぇ。やりますわ、あのお方なら」
「だよなぁ、こと、女人《にょにん》が関わると、俄然、張り切られるから」
上野と常春《つねはる》は、守近を、チラリと見た。
「さてと、守近様、そろそろ、交代の時が、参りました」
「おお、そうだ!これは、記念すべき、夜だからね。失敗は、許されない!」
クスクス笑ながら、晴康が、こちら側へ、戻ってくると、真顔になった守近は、手慣れた様子で、下ろされる帳を上げ、体をすべりこませた。