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#追放
──奈落の底。
薄暗い地下湖のほとりで、辰夫が静かに横たわっている。
その傷ついた身体を見つめ、私は胸が締めつけられるような罪悪感を覚えた。辰夫がこんなにも傷だらけになったのは、全部私を庇ってくれたせいだ。
「無茶するから……」
私はため息混じりに呟きながら、何か自分にできることはないかと考えた。
そうだ、包帯が必要だ。
「辰夫、ちょっと待ってろ。今すぐ包帯作ってやるからな!」
辰夫は不安そうな表情を浮かべた。
「包帯……? 作る……?」
私はにやりと笑い、大きく息を吸い込み、口から勢いよく糸を吐き出した。
\\ ピュッ //
辰夫はぎょっとして後ずさる。
「ええ!? いつの間に糸を吐けるようになったんですか!?」
そうか。辰夫は暴走中の記憶が無いのだ。
「ふ……女子力を犠牲にしてな……」
私は遠い目をした。
辰夫の引きつった表情を見て、心がじんわりと傷ついた。
(墨も吐けるようになったんだけど、言わないでおこう……)
(きっとドン引きされる。そしたら泣いてしまうから……)
私は吐き出した糸を、辰夫の身体に丁寧に巻きつけていく。
「なるほど。これは便利なスキルですな……」
「初めてじゃないか?
まともなスキル……口から出るけど……
でもさ、もっとこう……手首からとか……さ?
天の声はお尻からと悩んだらしいから……
まぁ、それよりは良かったけどさ……?」
私は涙を拭きながら言った。
止まれ。涙。
「……まぁこれなら傷もすぐ治るだろ」
作り笑いを浮かべる。
「そ、そうですな……」
同情の声を上げる辰夫。やめろ。逆に辛い。
私はふと、目の前に広がる湖の水面に目をやった。
(そういえばだいぶ汚れてるよね。女子なのに)
「……せっかくだし、水浴びでもするかな」
再び口から豪快に糸を吐き出す。
\\ ピュッ //
辰夫の顔に巻きつけるように糸を吐きかける。
べちゃ!
「ちょっ! サクラ殿、これでは何も見えませんよ!」
「水浴びしてくるから寝てろ」
辰夫の悲鳴を聞きながら、私は勢いよく靴を脱ぎ捨てた。
その瞬間──
小指を、岩にぶつけた。
\\ ゴキィッ♪ //
「ぎ」
【人生最大の試練を迎えた瞬間のサクラさん(自称:大魔王)】
嫌な音と共に、脳天を突き抜けるような激痛が小指を襲う。
「ぎゃぁぁぁあああああああーーーッ!!!」
「サ、サクラ殿!!どうしました!?敵襲ですか!?」
「痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃ!」
「サクラ殿!!すでにダメージを!?
す、すぐに助太刀を……くっ!!糸が剥がれない!」
痛みのあまり地面を転がり回った拍子に、
さらに脛を鋭い岩に強打した。
視界が真っ白になる。
「うおぉぉぉ! 死ぬぅぅぅ! もう無理ぃぃぃぃぃ!」
「嗚呼……サクラ殿が……死んだ……
まただ……また、我は主を喪ってしまった……」
辰夫がガクッと膝をつく。
一方私は涙も鼻水も垂れ流し、本気で『このまま死ぬのだ』と覚悟した。
「サクラ殿ありがとうございました。楽しかったです。」
辰夫が両手を合わせて祈る。
「さて、どうやって帰ろうか。」
辰夫が帰り支度を始める。
「……こんなに痛いなら、いっそ殺してぇぇぇぇ!」
「あ!サクラ殿が生きてた!!」
その時、突如として荘厳なメロディが脳内に響き渡った。
\\ ぺーぺーぺったん♪ //
《天の声:魂の叫び──しかと見届けた。……それでいい。》
【『死への覚悟』が新たなステージへ移行させます】
【『スキル:鉱物化』が究極の進化を遂げました】
【対象、不壊の宝玉へ変質】
【『鉱物化:ダイヤモンド』──習得】
「なんかスキルが進化したぁああああああ!?」
私は悶絶中に叫んだ。
そして、泣き顔のままガッツポーズをした。
「究極進化!?ダイヤモンド!?
……や、やったぜぇ……!!」
「究極進化!?わ、我の今までの千年はいったい……」
辰夫が震えていた。
そう──何かが弾けた。
足の小指で。
──ムダ様の声が頭に響く。
『俺が日々鍛えるのは、小指をぶつけた時のためだ』
「ムダ様が言ってたこの言葉……
今、やっと理解したよ……」
「そっすか」
辰夫からもう関わりたくない空気が漂う。
──しばらく、静かだった。
地下湖の水面が揺れる音だけが聞こえる。
「……なんか、生きてる感じがするな」
私はぼそっと呟いた。
「……そうですね」
辰夫が静かに頷く。
──その直後だった。
「……ん?なんか、重──」
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン──
空気が──歪んだ。
地下湖の水面が激しく波打ち、石壁から大きな岩が崩れ落ちる。
洞窟全体が地震のように震動し、空気が黒く染まっていく。
「うっ……!」
私の肺が圧迫され、呼吸が完全に止まった。
辰夫も苦痛に顔を歪め、地面に膝をついている。
「が……は……っ!」
瘴気はさらに濃くなっていく。
私たちの魔力が完全に押し潰され、身体の自由が奪われていく。
視界が霞み、意識が遠のく。
この奈落の底全体が、巨大な何かの内臓みたいに脈打っている。
地下湖の水が真っ黒に変色し、不気味に泡立ち始める。
「これは……まさか……」
私の声は震えていた。
全身の血が逆流するような恐怖が襲ってくる。
「サクラ殿……動けません……」
辰夫の声も掠れている。
竜王でさえ、この瘴気には抗えないのか。
瘴気の奥から、地鳴りのような低い唸り声が響いてくる。
しかも、とてつもなく巨大な──。
『グォォォォォォォ……』
──遅れて、空気が震えた。
その声だけで、天井が“耐えきれなかった──”
洞窟の天井から無数の石が雨のように降り注ぐ。
「まさか……これが……『魔神王』……?」
辰夫の呟きに、私の魂が凍りついた。
魔神王。
あの魔神族が王と呼ぶ、魔神族の頂点に立つ絶対的な存在。
瘴気がピークに達し、私たちの意識が完全に刈り取られそうになった、その時──
ふっと、瘴気が薄れた。
まるで、巨大な魔物が興味を失って立ち去ったかのように。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
私と辰夫は、必死に呼吸を整えた。
全身が冷や汗でびっしょりになっている。
「今の、が……魔神王……?」
私の声は震えていた。
「分かりませんが、もしそうなら……勝ち目はありません……」
辰夫が青い顔で頷く。
「とにかく、ここにいては危険すぎます。一刻も早く脱出を……」
「そうね……」
私たちは震える足で立ち上がり、慎重に奈落の奥へと向かった。
──重く冷たい静寂が、私たちの間に降り下りる。
「サクラ殿……これは……無理です……」
逃げ場がない。呼吸が、浅い。
“死ぬ”
──その確信が、静かに落ちてきた。
「……辰夫」
私は、やけに落ち着いた声で言った。
「はい……」
「ごめん」
「……?」
「骨は拾う。海に投げるね。お魚と仲良くしてね」
「ま、待──!!」
「鉱物化:ダイヤモンド」
──瞬間。
私の全身が、黒く硬質に染まる。
キィン……!
私の全身はダイヤモンドになった。
「防御、全振り!!さらば辰夫!!」
「ズルいですぞ!!」
辰夫が私を見つめる。
私も辰夫を見つめる。
「……。」
「……。」
「……動けないこれ!!」
「でしょうね」
「命令よ!私をおぶって走れ!!」
「いやですよ!!重そうだし!!」
「あ!女子に重そうって言った!?万死!万死ィィィ!!」
「余裕あります?」
「なぁ辰夫……聞いて欲しい」
「なんですか」
「土下座、試してみるか……?」
「懲りてない!!」
(つづく)
◇◇◇
──【グレート・ムダ様語録:今週の心の支え】──
『俺が日々鍛えるのは、小指をぶつけた時のため』
解説:
筋肉を鍛える真の目的は、ただ小指をぶつけた際のダメージ軽減のためだけにあるのだ。
それほど痛い。あれは本当に痛い。
なんなんだよ!神の設計ミスだろ!
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