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「美月……っ! 頼むから、手を……!」
健斗の叫びが、暗闇に響く。
壁から伸びた無数の肉の手が、彼の体をじわじわとコンクリートの奥へ引きずり込んでいく。
メキメキと骨が軋む嫌な音が聞こえ、健斗の顔が苦痛で歪む。
私は、あと一歩踏み出せば、その手を掴める距離にいた。
けれど、私の足は、まるで地面に縫い付けられたように動かない。
バッグの中から這い出してきた人形が、私の足首に冷たい手を回していた。
その顔は、いつの間にか私にそっくりな形に変貌している。
『いいの? 助けたら、あの鉄骨があなたの頭上に落ちるわよ。さっきの事故の“配当”は、まだ終わってないの』
脳内に直接響く、甘く、おぞましい声。
窓の外を見る。
夜の闇の中、マンションの修繕工事用のクレーンが、不自然に揺れているのが見えた。
巨大な鉄の塊が、今にも私の真上のガラスを突き破って、私を押し潰そうとしている。
「嫌……死にたくない。私は、やっと幸せを掴みかけたのに!」
私は、健斗と目が合った。
助けを求める、縋るような、純粋な瞳。
その瞳の中に映る私は、ひどく醜く、口角を吊り上げた化け物のような顔をしていた。
「ねえ、健斗……私のことを愛してるなら、私の不幸を背負って死ぬぐらい、どうってことないでしょ?」
私は、伸ばされた健斗の手を掴まなかった。
それどころか、私はその手を、壁の向こう側へと力一杯押し戻した。
「私の代わりに……死んで。それが、愛でしょ?」
ゴ、ギィッ!!
健斗の指が折れ、彼の体が一気に壁の中へと吸い込まれていく。
最後の瞬間、彼が見せたのは恐怖ではなく
信じられないものを見るような「絶望」だった。
静寂。
直後、外で凄まじい落雷のような音がした。
クレーンから外れた鉄骨が、地上にいた無人のトラックを粉砕したのだ。
私は、無傷だった。
部屋には、私と、満足げに腹を膨らませた人形だけが残された。
「……ふふ。あはははは!」
私は笑い転げた。
勝った。
私は死を回避し、最高の幸運を手に入れた。
その時、スマホが震える。
SNSの送り主からの、最後の一文。
『おめでとうございます。完済されました。』
『……でも、お腹を空かせた人形は、次を待っていますよ。』
私は、誰もいなくなった部屋で、人形の頭を優しく撫でた。
その人形の顔が、今や完全に、死んだ健斗の顔に変わっていることにも気づかずに。
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えれめんたる