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飲み込んだ言葉は、元に戻るまで、黙っておこうと思った。
何だか、嫌な気持ち。嘘だって、自分では分かっているからなのだろうか。
「……」
「私も、アルベド・レイとの婚約認めて欲しいです。お父様」
「……そうか」
と、一言、フィーバス卿はいうと目を伏せた。
よかった、これで安心だ、と胸をなで下ろせば、次の瞬間優しいような、何処か寂しいような声色で、フィーバス卿が一言付け加えるようにしていった。
「ステラにもいいたくないことがあるだろう……だから、そういうことにしておこう」
「……っ」
「ただ、アルベド・レイ。貴様の覚悟だけは分かった。本気で、ステラに惚れているんだな」
「そういってるだろうが」
アルベドが、何度も言わせるなよ、とフィーバス卿に突っかかる中、私はトンと谷底に突き落とされたような感覚になった。私の嘘を、フィーバス卿は見抜いていたのだ。私が、色んなものに蓋をし、嘘をついていることを、フィーバス卿は気づきながら、それに気づかないフリをすると今そう断言した。父親にとって、いや、家族にとって隠しごとをされるのは悲しいことなのかも知れない。けれど、踏み込めば、その関係が崩れると、フィーバス卿は分かっているからこそ、それ以上何も言わないといった。彼に心に傷を残したかも知れない、そう思うと同時に、自分がその面で一生信用されないかも知れないと、そう宣言されたも同じだと思った。
だったら私は、何ていえばよかったのだろうか。
(アルベドも、そりゃ……大事だし……でも、私が本当に好きなのはリース……けど、それは、言えないし……この世界が、乙女ゲームだってことも、世界がまき戻って、私達は二周目だってことも、言えないし……)
この世界に戻ってきた時点で、幾つもの嘘を私は背負うことになった。嘘塗れ。私の身体ですら借り物なのだから、本物の私って何処にいるのって話になる。
ツキンと胸が痛み、何か言わなきゃいけない気がするのに、その言葉が私の口から出てくることはなかった。
「だが、アルベド・レイ。貴様にステラを任せられるかどうか……俺のなかでは納得がいかない。貴様が、闇魔法の魔道士だからな」
「……だから、何だよ」
わざと地雷を踏み抜いて、アルベドを怒らせるフィーバス卿。私の為、そして、辺境伯領を守る為、貴族としてのプライド……色々混ざったその言葉に、私は固唾を飲み込んだ。
アルベドの私への気持ちは理解したと。けれど、彼が闇魔法を使う貴族であることを強調し、そして、その気持ちが、差別や周りから向けられる目に耐え、私を守り抜ける覚悟、意思はあるのかと、フィーバス卿は試そうとしているのだろう。
アルベドに試練を課すとそういっているような、そんな気さえ感じる。
何となくだけど、私が養子になったときよりも重い試練が課されそうな気がして、自分事のように、ドキドキしている。アルベドなら乗り越えられそうだとは思うけれど、心配していないわけでもない。寧ろ、フィーバス卿からいわれるものは心配だなと思う。
「闇魔法の魔道士だから?だからなんだって聞いてんだよ」
「大切な、娘をお前に任せられるかどうかの話だ。たとえばの話だ。闇魔法の奴が、光魔法の人間と上手くやっていけるかどうか」
「……」
「反発が起きれば、互いに傷を負うことになる。それも分かっているだろうな」
「分かってるに決まってるだろ」
反発が起きたら、闇魔法だけではなく、光魔法にも危害が及ぶ。それは私も知っていた。言われるまで忘れていたのは申し訳ないけれど、確かにその問題もあるなと思った。でも、根本的に、避けているけれど、いいたいことは違う。
(私が口を挟める状態じゃないんだよな……これ……)
いったらまた面倒な事になりそうな予感しかない。これは、アルベドとフィーバス卿の問題だと割り切って、私は目を伏せた。
先ほどの事もあって気持ちが重い。簡単に通る話だと思っていなかったが、やはりといったところか、すぐに認めては貰えなかった。
「それで、フィーバス卿はどうしたら認めてくれんだよ」
「認めて貰う側が、そんな態度でいいと思っているのか」
バチバチと火花が散っている。
私は、そんな二人を遠い目でみながら、これからのことを一人考えようと思った。嘘をつくって苦しい事なんだな、そう思いながら、それでも生きていくしかないこの現状に、腹立たしいし、苦痛だし、かといって、信じてもらえないんだから、と私は一人歯を食いしばるしかなかった。そんな風に思っていれば、フィーバス卿はおもむろに立ち上がり、部屋を出ていこうとする。
「お、お父様っ」
「不快だから出ていくわけではない。アルベド・レイ。お前の覚悟がどれほどのものなのか、みせて貰おう」
「……え」
私はアルベドの方を見た。私が知らないうちに話が進んでいたんだろう。勝手に自分の世界に入っていたから気づかなかった。
アルベドは、私に何だか申し訳なさそうなかおをしており、全く何でそんなかおをしているのか理解気でない私は彼に手を伸ばしていた。
ぺこりと頭を下げて、アウローラも外に出ていく。その姿を目で追いながら再びアルベドに視線を戻す。
「その、大丈夫なの……?お父様の試練……」
「知らねえよ。全力でぶつかるだけだろ。それしか方法がねえんだから」
「その、やっぱり、魔法の……?難か大事になっちゃったね」
私はそれしか言えなかった。本当ならもっと違うことをいうべきだろうし、他人事じゃないのは分かっているんだけど、どうにも実感できずにいた。
アルベドも、少し不安なようで、視線を合わせてくれない。
「……ごめん」
「だから、なんで謝るんだよ。謝るようなことしてねえだろうが。調子狂うな……」
「……」
「どーせ、一筋縄でいくとは思ってねえよ。だからこそ、ぶつけるんだろ。ぶつけて、分かって貰うんだよ」
と、アルベドはいうと私の頭を撫でた。まるで私を落ち着かせるように。私は、それで少し安心して、ふと顔を上げた。もしかしたら、さっきの反応……アルベドがいいっていったのが、彼にとって私の本心じゃないと見抜いているからかも知れない。だから、何となくだけど、歯切れが悪いというか。
やっぱり、アルベドにも酷いことをしたなと思った。
「ううん、やっぱりごめん。私もっとすぐに答えられたら」
「知ってる。お前が、皇太子殿下の事を好きなのは知ってる。だから、それ以上いうな」
「ある……」
「分かった上で好きだって言ったんだ。それは、変わらねえ。それまで、嘘だって俺はいわれたくないからな。お前は心配すんなよ。俺がやりたくてやってることだ」
そう言うとアルベドは、不格好に笑っていた。
ああ、やっぱりこの人は強いなって思った。強がりじゃなくて、分かった上で、弱さや、やるせなさ、どうしようもなさを抱えながら、それを受け入れて生きているんだと。
私のことをよく知っていてくれるからこその発言だと、私は温かくも、締め付けられる思いになった。
彼がそのつもりなら、私も覚悟を持たないといけない。いつも、彼に頼ってばかりで、何も返せていない。それだけじゃない。あの時、絶対に元の世界に戻してやるからって、そう覚悟を持って戻ってきたはずなのに、その覚悟が揺らいでいる気がしてならない。ならば、私はもう一度、その覚悟を持ち直すべきだと。
失う覚悟も、苦しむ覚悟も出来ていなきゃ、何も――
「アルベド」
「何だよ」
「またいってね。全て終わったとき、私もアンタの気持ち、真正面から受け止められるようにするから」
「……俺にフラれろってか」
「ま、まあ……」
「まーいーだろ。今すぐじゃねえんだし。告白のやり直しだな」
アルベドはフッと笑って、もう一度私の頭を強く撫でた。