「アルベド、本当に大丈夫なの?」
「あ?つっても、やるしかねえんだから、大丈夫も何もねえよ」
紅蓮の髪を、高く結び直して、アルベドは私の質問に対し答える。いつもより、キツく髪の毛を縛っている気がするので、本気度が伺える。そして、黒手袋をはめ直し、武器の確認をする。叩けば幾らでも出てきそうなほど、彼の懐から沢山の武器が出てくる。さすが、暗殺者って感じ。でも、多分今回はそれらを使わない。使ったとしても、物理攻撃は弾かれるだろう。
グランツの時とは違うけれど、防御魔法をぬかりなく貼っているフィーバス卿に物理的攻撃は効かない気がする。そんな猫だまし一発のような攻撃は、きかないようなきがするのだ。
とはいえ、魔法攻撃だけで、フィーバス卿に勝てるかと言われたらそれもどうかと思う。どんな風に勝つのか、作戦はあるのか気になるところだが、緊張しているだろうし、私も口から言葉が出ることはなかった。
「不安なのか?」
「不安ってそりゃ……私の時は、手を抜いてもらっていたというか。私の時は、私が、魔法をみせるみたいな感じだったから……それとは違うワケだし。お父様は、アルベドの魔力ぐらい走っているだろうから……戦闘になるのかな、とか思って」
「まあ、だろうな」
「だろうな」
「だろうなって、アンタ、本気に見えないんだけど」
本気なのは分かるが、悠々と私の言葉を交すその態度が少し気にくわなかった。雑念を入れたくないという思いから、無視というか素っ気なく返しているのかも知れないが、そのせいで、ますます不安になってくる。信じていないわけじゃないけれど、相手が、あのフィーバス卿だから。
「フィーバス卿はまず、防御がかてえ。それを突破しないことにはどうにもならねえだろうな。それに、攻撃力もそこら辺の魔道士とは比べものにならねえし。まあ、そもそも、フィーバス卿が戦場に出ていたというのは数十年前の話だからな。今は落ちぼれているかも知れねえ」
「でも」
「わーってるよ。油断できねえのはそうだ。それに、ブリリアント卿とはまた違う、水魔法の派生系である氷魔法……こりゃ、厄介だな。俺の得意とする風魔法と相性が悪すぎる」
と、アルベドはお手上げだとでもいわんばかりに首を振る。
風魔法と氷魔法が相性が悪いのはよく分からなかったが、アルベドがいうならそうなのだろう、と納得することにして、私は準備を終わらせた彼の前に立った。まるで、戦場に行く婚約者を心配する女性のようだと、心の何処かでは思う。そんな甘い関係、切ない関係ならいいが、私達は共犯者同士であると。フィーバス卿を一時的に騙すために、ここにいると、その自覚を持たなければならないと思った。辛いことだけど、そういっていられないのが現状で。
「勝算は?」
「勝たなきゃ、話がパーになる。やるしかねえよ。勝つ……それだけが、今俺に出来ることだろ?」
「……頑張って、ほんと」
私は、そんなことしか言えない。そんな自分がどうしようもなく惨めになったが、私が介入できることでもないので、アルベドの手を握ることしか出来なかった。
一体、彼はどれほどの覚悟を持って、死を選び、再び私の前に姿を現したのだろうか。それを正直に話してくれるときがくるのだろうか。考えても仕方がないことかも知れないけれど。
「……いってらっしゃい、アルベド」
「ああ、いってくる。エトワール」
彼だけが知っている私の元の世界での名前。本当は、ステラでも、エトワールでもなければ、巡なんだけど、それを知っているのは彼だけでいいから。私は、エトワールと呼ばれて、それに応えた。それも私の名前だと思っているから。
私に背を向けて歩き出す彼の背中はたくましくて、私が想像できないほど重いものを背負っていると言うことだけ分かった。ただそれだけ。
「いやあーわくわくですねえ!」
「アウローラ、滅茶苦茶楽しみにしてるけど、危険とか思わないわけ?」
「フランツ様の防御魔法舐めて貰っちゃ困りますよ!こっちには、被害で無いと思うんで、ステラ様もどーんと構えて下さい」
「はあ……」
案内されたのは、こないだの中庭。前よりも整備してあって、確かに動きやすそうではある。開けた場所だし、フィーバス卿がこの周りに防御魔法で結界を張ったということなら、アウローラのいうように何も心配がいらないのかも知れない。でも、フィーバス卿が頑丈に結界を張ったということは、それほど危険な戦いになるのだろうと、容易に想像できる。
アルベドが心配になってきたが、応援することしか出来ない。
「でもまさか、ステラ様があの問題児であるアルベド・レイ公爵子息様と……」
「問題児って、仮にも私の婚約者になるかも知れない人と」
「すみません!そんな、悪くいうつもりはなかったんですけど……やっぱり、闇魔法の貴族なので……ね!」
と、アウローラはぺこぺこと頭を下げて謝った。確かに前の態度とは一変して、すぐに謝るし、自分が私の気分を害したと気づけば謝罪の言葉を口にするようになった。けれど、その闇魔法の魔道士が、貴族が……という考え方は変わらないらしい。いや、根本的に根付いたものを取り除く方が難しいから仕方がないのだが。
アルベドのいっていた理想が叶うことを夢見つつも、取り除けない歴史や、感情というのは絶対にあるわけで。全てが全て、そして、人が同じ考えになる事はないだろう。そもそもが、光魔法と闇魔法というものが世界の均衡を保つために必要なものだといわれているんだし。それを崩したときどうなるのか、私には皆目見当がつかない。けれど、その均衡というのが、差別や憎しみによって保たれているのなら、それと同じぐらいの感情で両者を保てばいいのではないかと私は思う。それもこれも、かんたんなことじゃないんだけど。
「別に。謝るならアルベドに謝って」
「ええ……」
「……」
「分かりましたよ!この決着がついてからですね。いやあ、でもそもそも、アルベド・レイ公爵子息様の耳に入っていないんですからノーカンで……」
などと、アウローラはぼそぼそと喋っている。まあ、私はどうでもいいと思っているが、やはり身内を悪く言われるのは言い気がしなかった。アウローラだってそうだろう。
それと、アウローラの態度から、とてもじゃないけれど、アルベドが勝つんだろうな、と思っていないと言うことが分かった。アウローラが、フィーバス卿の厄介オタクなのは知っているけれど、フィーバス卿が勝ったら私達のこのはなしは無かったことにされるんだから、少しは応援して欲しかった。
「アウローラは、アルベドが勝つって思ってないみたいだけど」
「えっ、あ、まあ……そーですね。アルベド・レイ公爵子息様がお強いのは知ってますよ。多分、フランツ様を除けば、帝国で五本の指に入るほどの実力かと。ですけど!フランツ様は、経験豊富ですし、今は戦場には足を運ばないようになっちゃいましたけど、ほんっとうに強いんですから!あのブリリアント卿も恐れを抱くぐらいですから!」
「ブライトが強いのは、事実なんだ……」
フィーバス卿という存在を知ってから、ブライトが帝国一の光魔法の家門だと思っていたが、思わぬ所で、一番を見つけてしまった。得意分野が違うといえばそうだけど、派生魔法を使える時点で、フィーバス卿が強いのは事実だろう。表舞台から姿を消している、といわれればまたそうだし。けれど、ブライトの家、ブリリアント家が頼られているのもまた何か理由があるのかも知れない。単純に、聖女との繋がりがあるのと、神殿との繋がりがあるのと、皇帝に好かれているから……という理由かも知れないけれど。
「でも、アルベドは強いから」
「そりゃ、ステラ様からしたら、勝って頂かないといけないのは分かりますけど、フランツ様が手を抜くとは思いません。ステラ様の時がどうだったかは分かりませんけど、フランツ様は、男性には特別強く当たるので」
そういうと、アウローラはスッと目を細め、まるでこれが一度目ではないようにフィーバス卿の方を見つめていた。その身体は震えているようにも見え、私もゴクリと固唾をのむ。
本当に大丈夫だろうか。
そんな心配をしているうちに、私達の足下に彼らの魔力が流れ始めた。本気の、魔道士のぶつかり合い。それを、私は今まさに目の前で見届けることになったのだと。
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