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「まぁな。お前のことだから最初は丸焦げにしたりするのかと思ってたけど」
「酷いです!さすがにそこまではしませんよ……」
俺が頬を膨らませて反論すると、尊さんは「ふっ」と鼻で笑った。
「冗談だ。まあ、予想通り一回目はぐちゃぐちゃにはなったけどな」
そう言いながらも、その表情にはどこか嬉しそうな色が浮かんでいる。
その様子に、俺も思わず笑みがこぼれた。
尊さんは慣れた手つきでフライパンにバターを入れて溶かすと
細かく切った鶏肉と玉ねぎを炒め始める。
ジュージューという心地よい音と、香ばしいバターと玉ねぎの匂いが混ざり合い
食欲をそそる香りがキッチンいっぱいに広がった。
「そろそろケチャップ入れるぞ」
「はい!」
俺がケチャップを受け取ると、尊さんがコンロの火を弱めてくれた。
俺は慎重に、まるで宝物を扱うかのようにケチャップを入れて具材と丁寧に混ぜていく。
「いい感じだ。あとは卵で包めば完成だな」
尊さんはフライ返しで卵を整えながら言った。
その声は、どこか満足げに響く。
「えっと……ここをこう……ですか?」
俺は緊張しながら、慎重に卵を崩していく。
フライパンの上で、トロトロとした卵が少しずつ形を変えていく。
「そうだ。そのまま上手にフライパンを使って……」
尊さんが隣で、まるで手本を示すかのように、的確な指示を出してくれる。
その声に従って、どうにか卵を整えていくと、綺麗な卵がオムライスの形になった。
「よし」
尊さんが満足そうに頷いた。
その言葉に、俺は自分の作ったオムライスを見て、心底嬉しくなった。
「で、出来ました!」
「2回目にしては上出来じゃないか?後はこれを皿に盛り付ければ完成だな」
俺は出来上がったばかりの、熱々のオムライスをお皿に乗せると
尊さんの分と一緒にテーブルへ運んだ。
湯気が立ち上るオムライスが、食欲を一層かき立てる。
「いただきます!」
二人同時に手を合わせて、スプーンを手に取る。
一口頬張ると、口の中に広がるバターや玉ねぎの優しい甘みと
ケチャップライスの爽やかな酸味が絶妙にマッチしていて、本当に美味しかった。
「うわ…普通に美味しいです!」
俺が感動を口にすると、尊さんはふっと笑った。
「最初の頃に比べりゃ上手くなったな」
「えへへ……ありがとうございます!」
俺は嬉しくなって、もう一口、今度は大きめに頬張った。
「……なんか、こうやって尊さんと一緒に料理したり食べたりするの、幸せだなぁって思います。」
俺がポツリと、心の底から湧き上がった素直な気持ちを呟くと
尊さんは少し驚いたように目を見開いて
「……ああ」と小さく頷いた。
その声には、少し照れが混じっているように聞こえた。
尊さんはオムライスを食べる手を止めずに続けた。
「まぁ……俺も忙しいと面倒臭さが勝って簡単なものばかりになるし、雪白と料理するのは悪くないな」
その言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
尊さんの意外な一面を知ったようで、なんだか可笑しかった。
「ふふっ……尊さんって意外と面倒くさがりですよね」
「うるせ」
尊さんは少し不貞腐れたように眉間にシワを寄せた。
それでもどこか満更でもなさそうな表情に見えるのは、気のせいじゃないと思う。
その反応が、たまらなく可愛らしくて、俺は自然と口角が上がった。
「なんか、尊さんのことちょっと知れた気がして嬉しいです」
尊さんの素直じゃないところも好きだなと思うと、心が温かくなる。
尊さんは俺の顔をちらりと見て、呆れたように言った。
「お前はほんと単純だな」
だが、その声色は、先ほどよりもずっと優しかった。
オムライスを食べ終わったあと
俺たちは食器を片付けたり、少し談笑したりして過ごした。
そしてひと段落ついたところで、温かいコーヒーを淹れて
リビングのソファーに腰掛ける。
隣に座った尊さんの肩にそっともたれかかると
再び尊さんの匂いに包まれた。
心地よい温かさと、彼の存在が、全身を包み込む。
(……今なら、自然な流れで…ちょっと触っても変じゃないはず…)
鼓動が少し早くなるのを感じながら、尊さんの腕にそっと触れてみた。
彼の肩がピクリと微かに動いたのが分かった。
「どうした?」
尊さんが不思議そうに俺の顔を見る。
その瞳の奥にある、いつもと変わらない優しい光に、胸がキュンとなる。
その優しさに、さらに勇気が湧いてきた。
「いえ……尊さんの腕、なんか逞しくてカッコいいなって……」
そう言いながら、指で尊さんの袖をそっと摘んでみる。
尊さんは少し戸惑ったような表情を浮かべていたが、すぐにフッと笑った。
「なんだそれ」
そう言いながらも、嫌がっている様子は全くない。
むしろ、少し照れているように見える。
その反応に嬉しくなって、俺は尊さんの腕にもう少しだけ、指先で触れてみた。
「あの… 尊さんって…前、俺に欲情することもあるって言ってましたけど…」
俺がそう切り出すと、尊さんは少し驚いたように目を見開いた後
ゆっくりと瞬きをした。
その瞳が、真っ直ぐに俺を捉える。
「ああ……言ったが」
尊さんが低い声で答える。
その視線に、ドキッとして、心臓が大きく跳ねた。
(あれ……?尊さんもしかして俺の事そういう対象で見てくれてる……?)
そう思うと、鼓動はさらに早くなる。
全身の血が、一気に熱を帯びるような感覚。
(もっと触れたい。尊さんに触れたい)
抑えきれない衝動に突き動かされるように、俺は言葉を紡いだ。
「……尊さん…俺、もっと尊さんに触れて欲しいです」
俺はそう言って、尊さんにキスをした。
唇と唇が、軽く触れるだけの、短くも甘いキス。
だけどそれは、俺にとっては精一杯の誘惑だった。
全身の神経が、その一瞬に集中する。
尊さんは心底驚いたような表情を浮かべて
困惑したように言った。
「ちょっと待て、なんでそんな急に……」
「だって狩野さんが…」
俺が慌てて言い訳をすると、尊さんは眉をひそめた。
「狩野?なんでアイツの名前が出てくんだ」
尊さんは狩野さんの名前が出ると、まるで苦虫を噛み潰したかのように、顔を歪ませた。
「あっ、いえ…えっと」
「…さっきから変だと思ったが、なんか企んでんな?」
ギクッと効果音でも鳴りそうなぐらい図星を突かれて、俺はこの際だと本音を零した。
「か、狩野さんと商談したときに…『烏羽ってばだいぶ草食になった』とか『それともキミに遠慮してるのか』って言ってきたから…」
「あいつの言うことなんかいちいち気にすんな」
尊さんの低い声が、俺の言葉を遮った。
「で、でも…!俺、尊さんにケーキとして見られてないのかって、不安になって…」
俺が正直に、胸の内をさらけ出すと
尊さんはふぅと大きくため息をついて
ゆっくりと口を開いた。
「それで、ハニートラップでもしかけようとしたってか?」
その言葉に、俺の顔はさらに赤くなる。
「そ、そんな大層なものじゃないですけど…尊さんをその気に、させたくて…っ」
「ふっ……その気ってか」
尊さんはフッと鼻で笑うと、俺の額を指で軽く弾いた。
「……っ!」
不意打ちの痛さに顔をしかめると、尊さんは呆れたように言葉を続けた。
「あのな……お前はもうちょっと警戒心ってもんを覚えろ」
「え…」
尊さんの言葉の意味が分からず、俺は首を傾げる。
「どうせ狩野にフォークとケーキのことも諭されたんだろ」
「…!」
尊さんの発言は、あまりにも核心を突いていた。
狩野さんに言われた、あの時の言葉が脳裏をよぎり、俺はコクンと小さく頷いた。
「お前だって、フォークが〝予備殺人鬼〟って呼ばれてることぐらい知ってんだろ」
「……っ」
尊さんは真剣な眼差しで俺を見る。
その視線にドキドキしながらも、俺は必死に言葉を紡いだ。
「でも…!尊さんは…俺のこといつも助けてくれて…優しい、し。」
「それはお前に私利私欲ぶつけて捕食なんてしたくないから手加減してんだよ」
尊さんの言葉は、俺の期待とは裏腹に
冷静で、そしてどこか突き放すようにも聞こえた。
「だ、だからって…」
「お前のこと大事にしたいから…大事すぎて、そう簡単に触れない。分かるだろ?」
その言葉に、尊さんの深い愛情が込められているのは理解できた。
でも、それと同時に、もどかしい気持ちが込み上げてくる。
「それは、理解できますけど…少し、キャンディー舐める感覚でもダメですか…?」
俺は、まるで懇願するように、尊さんの瞳を見つめた。
「俺…尊さんが俺のために我慢してるなら、ケーキが食べたいなら、すぐ近くにいる俺のこと味わって欲しいんです…っ」
「だから、そんな簡単にな…っ」
尊さんが再び、何かを言いかけようとしたその時
俺はもう後には引けないとばかりに、全身の勇気を振り絞って
最も重い言葉を口にした。
「俺、死ぬまで尊さんにしか言いませんよ、こんなこと」
そう言うと、尊さんは驚いたように目を見開いて、黙ってしまった。
彼の瞳には、深い戸惑いと
何かを測るような光が宿っていた。
そして、しばらく考えるような素振りを見せた後に
俺の頬に手を添えて
ポツリと、まるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。
「……本当にいいのか?」
その声は、震えているようにも聞こえた。
俺は、迷いなく、真っ直ぐ尊さんを見つめ返した。
「はい…尊さんだから、言ってるんです」
俺の揺るぎない眼差しに、尊さんはゆっくりと瞬きをしてから
静かに、そして深く、息を吐き出した。
その表情は、諦めにも似た
しかしどこか決意を秘めたものへと変わっていく。
部屋の中の空気は重く、まるで熱を帯びた霧が漂っているかのようだった。
薄暗い照明が壁に柔らかな影を落とし、静寂の中で二人の呼吸だけが微かに響き合っていた。
尊さんの声が、その静けさを切り裂くように低く響いた。
「…俺はお前が思ってる以上に欲深い男だぞ? それでも構わないんだな?」