「おお……! あれか! 気になっていたんだ。ありがとう、朱里さん」
有志さんは本当に嬉しそうに破顔し、私は心の中でガッツポーズをする。
開店と同時に完売してしまうと言われているけれど、存在そのものは数年前からあるので、もしかしたら有志さんなら召し上がった事があるかもしれない。
尊さんは『祖父さんは食べ物なら何でも好きだけど、普通に希少価値の高い物に喜ぶと思うぜ』と言っていたので、その言葉を信じて頑張った。
だからすでに口にしていたとしても、並んだ努力を買ってくれて〝初〟だと思わせてくれているのかもしれない。
いかんせん考えすぎだけれど、私はそれだけ緊張と不安で一杯になっている。
やがて家政婦さんが紅茶とケーキを出してくれたあと、尊さんが切りだした。
「前から言っていたが、俺は朱里と結婚したいと思っている。家族にはもう会わせて、親父と兄貴からは祝福されている。二人には『結婚の許しを』なんて言わないけど、ひとまず紹介したいと思って連れてきた」
尊さんの言葉から怜香さんの存在が浮き上がり、二人は曖昧な表情で苦笑いする。
有志さんは何度か頷き、微笑んだ。
「好きにしなさい。私たちは尊の親ではないからな。亘たちが朱里さんを受け入れたなら、それでいい。祖父母は孫を育てる必要がない分、その選択に口を挟む事もない。ただ可愛がって金を出すだけだ」
その言葉だけで、有志さんたちがどういうスタンスでいるかが分かった。
琴絵さんは私に微笑みかけて言った。
「舅や姑も、そういうものでいいのよ。子供たちの家庭は子供たちのもの。口だししていたら『うるさい義父、義母』と思われるわ。私はせっかく嫁入りしてくれた人に、篠宮家を嫌いになってほしくない。だから私は基本的に子供たちの家庭には口だしせず、お金だけ出してるの。孫も同じ」
そう言って、琴絵さんは上品に笑う。
「素敵な考え方ですね」
「あらやだ、下心もあるのよ。そうしておけば孫の代まで私たちに懐いてくれて、お墓の世話をしっかりしてくれるかしら? と思ってるの」
「あはは! お墓は大事です」
お茶目に言われ、私は思わず笑う。
「朱里さんは笑顔が素敵ね」
琴絵さんに言われ、ドキッとする。
(大きな口を開けて笑ってなかったかな。気をつけよう。もしかしたら『笑顔が素敵』=『笑い声がうるさい』みたいな裏の意味があったりするかも……)
私はなるべく品良く微笑み、さり気なく姿勢を正す。
「朱里、可愛いだろ。パッと見た感じはツンとした美人だけど、よく笑ってよく食べる、見ていて気持ちのいい子だ」
尊さんがいきなりそう褒めてきて、私は目を見開いて彼を見た。
すると目ざとく有志さんにチェックされてしまう。
「尊、朱里さんが驚いてるぞ。普段あまり褒めていないんじゃないか?」
「ほ、ほ、褒めていただいています! とても!」
私の反応が原因で尊さんが疑われては困ると、慌てて否定すると琴絵さんにクスクス笑われてしまった。
「そんなに焦ってフォローしなくても大丈夫よ」
「……はい……」
おっとりとした彼女に微笑まれ、私は恥ずかしくなって俯く。
「俺たちは充分仲がいいから気にしなくていいよ。彼女のご家族ともうまくいってる。一つ引っ掛かるとすれば怜香さんの事になるが、……それはもう心配しなくていいんだよな?」
尊さんは紅茶を飲んでから、ひたと有志さんを見据える。
まじめな話になり、彼らはそっと溜め息をついた。
「勿論だ。もう赤坂の家には出入りさせないし、お前とも接触させない。勿論、朱里さんともだ。亘は責任を感じている分、離婚はしないと言ったから、その気持ちは尊重したいと思っているし、私にも篠宮家の長として責任がある。怜香さんが罪を償ったあとは、東京から離れた場所に住んでもらうつもりだ。……それが何年後の話になるかは分からないがな」
有志さんの言葉を聞き、尊さんは頷いた。
「祖父様たちが味方になってくれて安心したよ。ありがとう。これからも二人とは仲良くやっていきたいと思ってるから、朱里ともども宜しく」
「勿論よ」
琴絵さんは微笑んだあと、少し気遣わしげな表情で尋ねる。
「速水家の方々には何も言わないの?」
亡くなったさゆりさんの実家の話が出て、私も興味を示して尊さんを見る。
彼は頷いてから少し思案し、息を吐いてから話し始めた。
コメント
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無理に結婚させた息子夫婦のことで、きっと後悔されているのでしょうね....😔 お祖父様、お祖母様も、理解のある方で良かったね🍀