テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
第63話:キツネ兄弟の雪中ダイブ〜白銀の放物線と、もふもふの尻尾〜
猛吹雪の後の数日間、北海道は透き通るような青空と、強烈な冷え込みが続く。
古民家の庭には、先日の黄金ドローン墜落事件の跡すら完全に覆い隠すほどの、分厚く純白な『パウダースノー』が降り積もっていた。
「いやぁ、今日もいい天気ですねぇ……。お兄さん、雪がキラキラ光ってて、本当に綺麗です」
「そうだな。マイナス十度以下の環境でしか形成されない、水分を全く含まない最高級のパウダースノーだ。風が吹いただけで煙のように舞い上がる、ウィンタースポーツの聖地・北海道の特産品だな」
俺と小春ちゃんは、シロの『適温25度の絶対防壁』に守られた縁側で、熱いほうじ茶を啜りながら雪景色を眺めていた。
ジンバルにセットされたスマホの配信画面も、今日は穏やかな空気に包まれている。
シマエナガ戦術部隊は上空で完璧な警戒陣形を敷いているが、今日は外敵の姿もなく、250万人のリスナーたちも「平和だ」「癒やされる」と、まったりとしたコメントを流していた。
その時だった。
『コンッ!』
『キュゥ!』
こたつの中で丸くなっていたキタキツネの兄弟、コン吉とコン次郎が、元気に鳴き声を上げながら縁側へと飛び出してきたのだ。
「おっ、お前ら。いくらエキノコックスが浄化されてるからって、あまり遠くに行くなよ。新雪は深いからな」
俺の忠告など聞く耳も持たず、二匹は縁側から真っ白な雪原へと、ためらいなく飛び出していった。
フカフカのパウダースノーは、二匹の体を腹のあたりまですっぽりと包み込む。
コン吉とコン次郎は、冷たい雪の感触がたまらなく気持ちいいのか、目を細めてブルブルッと体を震わせた。そして、黄金色の毛並みを雪に擦り付けるようにして、楽しそうに走り回り始めた。
「わぁ! コン吉くんたち、雪遊びしてる! すっごく楽しそう!」
小春ちゃんがスマホのカメラを二匹に向ける。
チャット欄も、もふもふの野生動物が雪と戯れる姿に、一気に沸き立った。
『キツネの雪遊びキターーー!!』
『黄金と白のコントラストが最高すぎる!』
『もふもふが雪まみれになってるの尊い……!』
『完全に犬の動きで草』
リスナーたちが悶絶する中、コン吉が突然、ピタリと動きを止めた。
ピンと立った大きな耳を、ピクピクと動かしている。雪の下から聞こえる微かな音――例えば、冬ごもりをしている野ネズミの足音などを探るような、狩猟本能に根ざした野生の動きだ。
そして。
コン吉は後脚にグッと力を込めると、空中に向かって美しい『放物線』を描くように、大ジャンプを繰り出した。
「おっ、マウシング(雪中ダイブ)か」
野生のキツネが、分厚い雪の下に隠れた獲物を捕らえるために行う、特有の狩りのテクニック。
コン吉の体は空中で見事なアーチを描き――。
ズボォォォォォンッ!!!
真っ逆さまに、頭からパウダースノーの深みへと突き刺さった。
見事に垂直に刺さったその姿は、雪の表面から『黄金色のお尻と、フサフサの尻尾』だけがピョコンと飛び出している状態だった。
「ふふっ……あはははっ! コン吉くん、お尻だけ出てる! なにあの格好!!」
小春ちゃんが、たまらずお腹を抱えて笑い出す。
『ケツwwwwwwww』
『見事なまでに刺さったァァァ!!!』
『シンクロナイズドスイミングの足みたいになってるぞww』
『しっぽがパタパタ動いてるの可愛すぎるだろ!!!』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$500MeTubeギフト)=”OMG! The cutest fluffy butt in the world!! I’m dying of cuteness!“(なんてこと! 世界で一番可愛いフワフワのお尻よ!! 可愛すぎて死にそう!)』
『狩り(失敗)』
スポンッ、と雪から顔を出したコン吉は、鼻の頭に雪を乗せたまま「あれ?」というようなキョトンとした顔をしている。
そもそも、シロの絶対防衛圏によってネズミ一匹入り込めないこの庭に、獲物などいるはずがないのだ。
つまり、彼らは完全に『狩りの真似事(雪遊び)』を楽しんでいるだけである。
『キュゥッ!』
兄のダイブを見たコン次郎も負けじと飛び跳ねる。
ピョーン、ズボォォンッ!
今度は、コン吉とコン次郎が並んで、雪原に見事な放物線を描いて頭から突き刺さった。
黄金色のお尻が二つ、雪の上に並んでパタパタと尻尾を振っている。
「あっはははは! お兄さん、これ反則ですよ! 可愛すぎて呼吸が苦しいです!」
「ああ……これは破壊力が高すぎるな。俺の荒んだ社畜の心が、マイナスイオンでゴリゴリ削られていく……」
俺も思わず顔を綻ばせながら、カメラに向かってその奇跡的な癒やし映像を配信し続けた。
チャット欄のコメント速度は、先日の黄金ドローン撃墜時を超える勢いで流れており、MeTubeギフトの雨が止まらない。
『2連ダイブきたあああああ!!!』
『お尻が二つ並んでるwww』
『国宝に指定しろ!! 今すぐ保護しろ!!』
『もう俺、仕事辞めて北海道にキツネ見に行くわ』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”This video alone is worth more than a gold mine! Pure healing!“(この映像だけでも金鉱山以上の価値がある! 純粋な癒やしだ!)』
二匹のキツネは、雪から顔を出してはブルブルと首を振り、互いに顔を見合わせて「楽しいね!」と言わんばかりに鼻先をこすり合わせている。
そしてまた、少し離れた場所に狙いを定めて、ピョーン、ズボォォンッ!
永遠に繰り返される、もふもふの雪中ダイブ。
もはや、大自然が産み出した『無限の癒やしループ装置』である。
『ミャウ(子供ね)』
縁側のこたつから顔を出したシロが、呆れたように鼻を鳴らすが、そのサファイアとアンバーのオッドアイは、どこか優しげに二匹のキツネを見守っていた。
「……皆さま、落ち着いてください。あまり興奮すると体に毒ですよ」
俺は、リスナーたちのHP(萌え)が完全に削り切られる前に、あえて冷静なフラットボイスで語りかけた。
『出たwwww』
『主の限界言い訳タイム・癒やし破壊編ww』
『頼むからこの尊い空間を壊さないでくれww』
俺は、カメラに向かって真顔で言い放った。
「彼らの行動は、ただ遊んでいるわけではありません。これは『地磁気センサーのキャリブレーション(補正)』です。キツネは地磁気を感じ取って北の方角を認識しますが、強烈な寒波の影響で磁場が乱れているため、頭を雪の奥(地面)に深く突き刺し、自らをアース線として機能させることで生体磁石をリセットしているのです。ええ、ただの電磁気学的な生存本能の調整作業ですね」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、俺の背中をバシッと叩きながら絶叫した。
「アース線になるキツネがどこにいるんですか!! どう見たってフカフカの雪が楽しくて、テンション上がって遊んでるだけでしょうが!! 素直に『可愛い』って言いなさいよ!!」
『小春ちゃんの正論パンチ!!』
『生体アース線は草』
『適応力バグおじさん、ついにキツネの遊びを電磁気学で論破』
『可愛さを電磁気学で上書きしようとするなww』
『キャリブレーション(お尻パタパタ)』
俺の苦し紛れすぎる理系言い訳と、小春ちゃんの鋭いツッコミに、250万人の視聴者たちは腹を抱えて笑い転げた。
『キュゥ?』
そんな俺たちの騒ぎなどお構いなしに、コン吉とコン次郎は顔中を雪だらけにして、満足そうに縁側へと戻ってきた。
「おっと、そのまま結界に入ったら雪が解けてビチャビチャになるぞ」
俺は縁側の境界から身を乗り出し、二匹の頭や体についた雪をパパッと払ってやった。
「ほら、風邪ひく前にシロ様のオーラで乾かしてこい」
キツネたちは嬉しそうに俺の手を舐めると、ぽかぽかの縁側へと上がり、こたつの中のシロの隣へと潜り込んでいった。
外は突き刺さるような厳しい寒さが続いている。
だが、限界集落の古民家には、神獣がもたらす完璧な暖かさと、もふもふの眷属たちが生み出す「極上の癒やし」が、今日も絶え間なく降り注いでいるのだった。
コメント
1件
寺島あおいです🌷 第63話、読ませていただきました。 もう最高でした…!コン吉とコン次郎の雪中ダイブ、お尻だけ出てパタパタしてる姿がありありと浮かびました。小春ちゃんの「あるわけない!」のツッコミも最高に気持ち良くて、思わず声出して笑いました。癒やしと笑いがぎっしり詰まっていて、心がふわふわになりました。素敵なエピソードをありがとうございます🤍