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第64話:冬の夜長と、タロット占い〜運命を書き換える肉球と、輝く『世界』〜
窓の外では、しんしんと音もなく粉雪が降り積もっている。
北海道の冬の夜は長く、そして果てしなく深い。だが、シロの『適温25度の絶対防壁』と、堕落の象徴『こたつ』が完備されたこの限界集落の古民家においては、その静寂すらも極上のBGMに過ぎなかった。
「ふぅ……。小春ちゃん、映画も見終わったし、ちょっと暇だな」
「そうですねぇ。外はマイナス二十度ですし、完全にやることがなくなっちゃいましたね」
こたつの中でみかんを食べ尽くした俺たちは、ぬくぬくと温まりながら持て余した時間をどうするか思案していた。
ジンバルにセットされたスマホの向こう側では、世界中の250万人のリスナーが、俺たちと同じように深夜のまったりとした空気を共有している。
「よし。久しぶりに、俺の『趣味』でも披露するか」
俺はこたつから亀のように半身だけ這い出し、すぐ手の届く棚から黒いベルベットの布と、年季の入った小箱を取り出した。
「お兄さん、それ……トランプですか?」
「いや、タロットカードだ。ブラック企業時代、日曜日の深夜に『明日、会社が隕石で消滅しないか』を占うために、独学で覚えたんだ」
「……お兄さんの過去、本当に闇が深すぎますよ」
小春ちゃんが引きつった笑いを浮かべる中、俺はこたつの天板にベルベットの布を敷き、七十八枚のカードを鮮やかな手つきでシャッフルし始めた。
『タロット占いキターーー!!』
『主、多趣味すぎるだろww』
『社畜の現実逃避ツール(タロット)』
『明日の会社の消滅を占う男ww』
『手つきが完全にプロの占い師なんだが』
「今日は『ケルト十字法(ケルトじゅうじほう)』でいく。過去、現在、未来、そして最終的な結果までを深く読み解く、タロットの王道スプレッドだ」
シャカシャカシャカ……トンッ。
俺はカードの束を一つにまとめると、精神を集中させ、天板の上に十枚のカードを十字と柱の形に展開していった。
「占うテーマは、『この限界集落での、今年の冬の運勢』だ」
俺は、中央のカードから順番にめくっていった。
「現在を示す位置には『愚者(The Fool)』の正位置。自由と無限の可能性。うん、今の俺たちのダラけきった生活を完璧に表しているな」
「わぁ、当たってますね!」
「そして、近い未来を示す位置には『太陽(The Sun)』。これも正位置だ。雪に閉ざされても、明るく生命力に満ちた日々が続く暗示だな」
順調にカードを読み解いていく俺。
だが、占いが佳境に入り、十枚目――すなわち『最終結果』を示すカードに手をかけた時だった。
「……さて。今年の冬の最終的な結末は、と」
俺がめくったそのカードを見た瞬間。
居間の空気が、ピタリと凍りついた。
「えっ……お兄さん、そのカード……なんか、絵柄がすごく怖いです……」
小春ちゃんがゴクリと喉を鳴らす。
そこに描かれていたのは、落雷によって真っ二つにへし折られ、燃え盛る『塔』から、人々が真っ逆さまに転落していくという、あまりにも絶望的なイラストだった。
「……タロット大アルカナ、第十六番『塔(The Tower)』。正位置」
俺は、低い声でそのカードの名を告げた。
「タロットカードの中で唯一、正位置でも逆位置でも『最悪の事態』を意味するカード。予期せぬ災害、崩壊、破滅、そしてすべてを失う悲劇の暗示だ」
『うわああああああ!!』
『塔が出たァァァァ!!!』
『おいおいおい! 洒落になんねえぞ!!』
『雪下ろし中に屋根が崩落するとか!?』
『停電!? ヒグマの襲来!? まさかネット回線の永久断絶か!?』
『冬の運勢で塔はガチでヤバいやつ!!』
チャット欄が、一気にパニック状態へと陥る。
「……まぁ、ただのカードの束だ。偶然、悪い柄が出ただけの確率論にすぎない」
俺がそう言って、不吉なカードを片付けようと手を伸ばした、その時だった。
『ミャウ』
それまでルーターの上で液状化して眠っていた神獣シロが、音もなくこたつの天板へと降り立った。
そして、不吉な暗示を放つ『塔』のカードの前にトコトコと歩み寄ると、サファイアとアンバーのオッドアイで、その絵柄をジッと見つめ下ろした。
「シ、シロちゃん……? どうしたの?」
小春ちゃんが不思議そうに声をかける。
シロは、まるで「こんな運命(結末)、私が許さないわ」とでも言わんばかりに、フンッと小さく鼻を鳴らした。
そして、その純白の右前足をゆっくりと持ち上げると。
『塔』のカードの上へ、ポンッ、と肉球を押し当てたのだ。
――ピカァァァァァァァァァッ!!!!
「うおっ!?」
シロの肉球がカードに触れた瞬間、まばゆい『真珠色の光』が天板の上で炸裂した。
俺と小春ちゃんは、たまらず目を細める。
光が収まり、俺たちが恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「な……なんだこれ……」
シロの肉球の下にあったはずの『塔』のカードが。
燃え盛る塔と転落する人々のイラストが、跡形もなく消え去っていたのだ。
代わりにそこに現れたのは、美しい月桂樹のリースの中で、棍棒を持った人物が優雅に踊り、四隅を聖なる獣たちが囲むという、全く別の絵柄だった。
しかも、そのカード自体が、まるでホログラムのように、内側から黄金色の神々しい光を放ち続けている。
「……タロット大アルカナ、第二十一番。『世界(The World)』……」
俺の口から、呆然とした声が漏れた。
「タロットにおける最高のカード。完全、成就、そして『完璧な調和(ハッピーエンド)』を意味する、究極の一枚……」
「えっ……? えっ……? お兄さん、カードの絵柄って、途中で変わるものなんですか……!?」
小春ちゃんが、完全に理解を超えた現象を前に、目を白黒させている。
配信のチャット欄は、完全なる狂乱状態の坩堝(るつぼ)と化していた。
『はあああああああああああ!?!?』
『変わったァァァァァ!!!』
『肉球スタンプで運命を書き換えやがったwwww』
『塔(破滅)から世界(完璧)への強制書き換えww』
『物理的に絵柄が変わってるんだが!?』
『シロ様、ついに概念(運命)すらも超越する』
『光ってる!! 世界のカードが黄金に光ってるぞ!!』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”The World! The divine beast has overwritten reality! My stocks just hit a record high!“(世界だ! 神獣が現実を上書きした! 私の持ち株が今、過去最高値を更新したぞ!)』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”A miracle! The absolute future is guaranteed by the paw!“(奇跡だ! 肉球によって絶対的な未来が保証された!)』
世界中のVIPとリスナーたちが、運命が物理的に書き換えられるという『神の御業』を前に、熱狂のMeTubeギフトを投げ続ける。
シロは「これでよし」とばかりに前足を舐めると、再びルーターの上へと戻り、スヤスヤと眠りについてしまった。
俺は、黄金に光り続ける『世界』のカードと、プルプル震える小春ちゃんを見比べ、一つ深呼吸をしてからカメラに向かった。
「……皆さま、落ち着いてください。これは決して、運命が書き換わったなどというオカルトではありません」
『出たァァァァァ!!!』
『主の限界言い訳タイム・運命改変編ww』
『さあ、これをどうやって論理的に説明する気だww』
俺は、完璧なポーカーフェイス(元社畜の極意)を維持したまま、静かに言い放った。
「このタロットカードは、私がアマゾンで買った安い海外製のものです。粗悪なインクが使われていたため、シロの肉球の摩擦熱によって『示温インク』が反応し、下の層に印刷されていた別の絵柄(ミスプリント)が浮かび上がってきただけです。光って見えるのは、こたつの赤外線と猫の静電気が反応した『エレクトロルミネセンス現象』ですね。ええ、ただの化学反応です」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、こたつの天板をバンバンと叩きながら絶叫した。
「示温インクでタロット作る業者がどこにいるんですか!! しかも都合よく『塔』の下から『世界』が出てくるわけないでしょ!! どう見たってシロちゃんが、私たちの不幸な未来を魔法でぶっ壊してくれたんでしょうが!!」
『小春ちゃんの完璧な正論パンチww』
『示温インク(運命改変)』
『エレクトロルミネセンス現象(神獣のオーラ)』
『適応力バグおじさん、ついに奇跡を粗悪品のミスプリントで片付ける』
『言い訳が苦しすぎて草生える』
俺の理不尽すぎる現実逃避と、小春ちゃんのキレキレのツッコミに、250万人の視聴者たちは大爆笑の渦に包まれた。
『コンッ?』
騒ぎを聞きつけたコン吉とコン次郎が、不思議そうにこたつから顔を出す。
「まあ、理由はどうあれ。今年の冬も、この家は最高に平和でハッピーエンドが約束されたってことだ」
俺は苦笑いしながら、光り続ける『世界』のカードを含むすべてのタロットを、そっと箱にしまった。
外では冷たい雪が降り続いているが、俺たちの未来には、もう何の不安もない。
限界社畜の静かなスローライフは、運命すらもあっさりと書き換えてしまう神獣の肉球によって、今日も完璧に、そして最高に怠惰に守り抜かれるのだった。
ゆうき あきや
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ゆうき あきや
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キュルノ
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コメント
1件
ああ、もう最高でした…!シロちゃんの肉球で運命そのものが書き換わっちゃう展開、めちゃくちゃ胸熱です✨「塔」が出た時のゾワッとした空気から、『世界』に変わった瞬間のカタルシスがたまりませんでした。主人公が無理やり化学反応で片付けようとするのも笑えるし、小春ちゃんのツッコミがキレキレで大好きです。冬の夜長にぴったりな、ほっこりするのに胸躍る素敵なエピソードでした!